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らゔりぃ/lovely

去る1月9日、地下鉄さっぽろ駅のごく近くでの掲題公演のために日々生活をしてきたと言っても過言ではないだろう。DOUBLIVINGとFATE BOXの共催企画の開催が発表されたのは忘れもしない昨年9月29日の午後9時でした。その2組の来東時期が重なったのはまた遡ること約3ヶ月前、照りつける陽がかなり高く昇っていた7月の初旬。全ての対バンが解禁されていなかった頃に心にあった淡い期待はあっけなく、それぞれのライブは素晴らしく私を潤したものの少しだけ寂しさや悔しさとも違うよく分からない感情が渦巻いていた。それを一気に晴らしたのは、ガヤガヤとした晩夏 金曜日の夜でした。

私、本当にダブリビングがすきだな〜
色んなことを考えて向かった雪が降り積もる街に残った感情は結局それだけでした。そこに辿り着くまでに紆余曲折していたけど、恐らく単純に浮かび上がるその気持ちを打ち消すために考え巡ろうとインテリぶっていたのだろうね、恥ずかしい。

どこにも行かないで、と始まるその曲はあたたかくてポップなDOUBLIVINGの中でも優しくてその分苦しみさえも漂っている歌だと思う。光と影は表裏一体と言われるけれど恐らく突き詰めてもそれが同じになることはなくて、一曲目にベイビーブルーを歌う夜は良くも悪くもこのまま朝が来ないのではないかと疑ってしまう。

そのまま続く天才の君へはどれだけ時が経っても大切な曲だから、ライブハウスにいることを忘れるくらい目の前に見てみたい未知の景色が広がっていく。音や声が持つ力はすごいなと改めて感じる機会は度々訪れるけれど、実体験にないフワフワとしたところに存在してるようで、救ってくれるのにひとりにしてくれる、この曲はいつだってそんな不思議さを思わせる。

この日、レスポールとテレキャスの2本のギターから奏でられるイントロが余りにも嬉しくて昂った。個人的には一人称の歌だと思っているとわいらいと(あの街)。DOUBLIVINGでは共通して悲しみを曲に落としてくれているように感じているけれど、この曲も正にそうでいつだかの自分の感情を目の前に見るような気がする。ただ悲しみに浸る時間があっても良いじゃんね。ギターの音が気持ち良過ぎるが故に初めは気が付かなかったけれど、久し振りに聴いたら好きな詞だなと思いました。それでもあなたに存在を確かめてほしいから私はここにいるのです。

9月にCDが販売されて11月にはオルタナmixとしてサブスクでも世に出た第五惑星のメリィへ。11月になっても私が暮らす街はまだかなり暖かくて、秋と呼ぶのが正しいのか不安になる空気に覆われていたけれどこの曲を聴くと少しだけツンと淋しさを感じるの。ここに歌われる2人にはしあわせがあって欲しいと強く祈るよ。サビの音が高いし正直音源が優勝しているので全員に聴いてほしいです。私は大好きな人にCDを買って渡しました。

最初のシンバルの音が儚く感じる5曲目はとわいらいとと反する二人称を聴くように感じられる。どれだけ待っても朝が来ないと悩んでいた学生時代にこの曲があったらもっと救われていたかもしれないね。「何でもない」って口癖に隠した涙を誰かに聞いてほしい。お香も嗅ぐものではなく聞くものと言うけれど、誰かに聞いて欲しくて流れる涙は多いと思っています。DOUBLIVINGのライブ中は何となくステージを見続けることが難しいのだけど、言葉で舟を編んで出かけよう、と歌った時の少し虚ろに上を見た目だけはどうしても忘れられない。人のものに順位を付けることは苦手だけれどメリィと競るように私は涙がすきです、海も山もないこの街でそれを想いながらその朝をずっと待ちたいね。

私の記憶上では音が止まることなく始まった新曲スペースわんこ。高い音で頭に残るメロとサビの歌詞があまりにもキュートなのだけど、運命なんてイカサマと歌うのが心に刺さったまま抜けない。悔しいけれど愛の中の大部分は悲しみや切なさが占めているのかもしれません。あとどこかで「ワンっ」て聞こえた…気がするの、もう一度聴かせて。

長いmcは賛否両論あるのかもしれないけど私は結構すきです。どんな気持ちでどうやってその曲がつくられたのかを知ることが出来る機会を逃したくない。それを踏まえて初めて聴いたらゔりぃ。配信から2週間近く経った今、沢山の人が聴いているようで私までも嬉しくなってしまう。今作では僕たちは幸せぶってもいいんだよ、が最後のサビで君だけは幸せぶってほしいんだよ、と歌われている。PSのリリース時にも思ったけれどこの活用は聴き手を嬉しくさせるし心強くさせます。どうしようもない自分の生活を少しだけ勇気付けてくれる歌があって本当に良かった。そしてAメロ詞を聴いてクスッと出来る日を目指してこれからも過ごそうと思います。

音源がかっこいいのは勿論だけどPSはライブで聴けるのが心の底から嬉しいね。どこまでも続くアウトロを聴いていたいし観ていたい。終盤でやることもひとつの調味料になってこの時間が終わらないで欲しいと願ってしまう。例えば何年か先、身体だけではなくて精神的にも大人になれたとしても、この歌を聴いて少しだけ捻くれた気持ちを思い出す人でありたい。捉え方が間違っていたら申し訳ないけど、ずっと希望を感じる、そんな歌です。

デビューライブからラストに歌われている日曜白書。気持ちと身体が認めるのであれば自転車で川沿いでも走りたい。前述したように私はDOUBLIVINGに悲しみを覚えるから、だからこそすきだけど、少しだけ辛くもなるし淋しくもなる。それでも日曜にはそんなことも忘れさせてくれるような軽さをいい意味で感じる。私にその力があるのであれば出来るだけの時間を笑顔で過ごしていきたいなと思います。

半分くらいは音源化もされていなくて歌詞も分からないから全く見当外れなことを言っているかもしれないけど、何ヶ月もこの日を待っていたいから残しておきたいなと思いました。自己満!読んでくれた人、ありがとう。
DOUBLIVING、FATE BOX、そしてVyPass.ありがとう〜。これは純粋100%ありのままの気持ちではないかもしれないけれど、これから先も救われていたいと思ってしまうよ。

おしまい!

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