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【小ネタ】『GDPの計算式』(笑) Part1

相変わらず、大昔のファミコンのRPGに出てくる村人のように同じことしか言えない池戸万作氏であるが、

彼のお噺によると、

  1. 『支出面からみたGDP』を算出する「GDPの計算式」(これ言葉自体、彼の単なる造語である)は、Y=C+I+G+NXである。

  2. 上式は単純な足し算だから、政府支出の項目のGを増やせば『支出面からみたGDP』は必ず増加する。

  3. 「三面等価の原則」により、『生産面からみたGDP』も増加する

といったようなものだ。

大学1年生が前期の授業で使うような初級のマクロ経済学の教科書を一度でも読んだことがある人なら理解できると思うが、「三面等価の原則」からは「政府支出が増えれば必ずGDPが増える」ということを導くことはできない。ポイントとしては、「『Y≡C+I+G+NX』は、国民経済計算(SNA, System of National Account)では、事後的に成立する“恒等式“として扱われる。」ことだ。

1. SNAにおける「GDPの計算式」

三面等価の原則とは、GDPを生産面から見ても、分配面(所得面)から見ても、支出面(需要面)から見ても等しくなるという原則のことである。

GDP[生産側]≡GDP[分配側]≡GDP[支出側]

分配側からみたGDPを国民総所得(Gross Domestic Income: GDI)と言い、

GDI≡固定資本減耗+雇用者報酬+営業余剰・混合所得+(生産・輸入品に課せられる税-補助金)と定義される。

支出側からみたGDPは、国内総支出(Gross Domestic Exposure : GDE)と言い、これは

GDE≡C+I+G+EX (C:家計の消費需要、I:企業の設備投資・在庫投資、G:政府支出)、EX:財・サービスの純輸出)と定義される。

SNAにおける、この式のことを池戸氏は「GDPの公式」や「GDPの計算式」などと勝手に名付けているが、ちゃんとした名前があり、これを教科書では、国民所得恒等式(National Income Accounting Identity)と呼ぶ。

以上から、GDP≡GDI≡GDE となる。

2 「三面等価の原則」で留意しておくべき点

2-1 そもそもGDPは事後的に計測されたフローの値の集計である

GDPというのは、SNAという会計ルールに従い、四半期や1年といった、過去のある一定期間(フロー)の値を積み上げて集計したものである。脇田[2012]では「国民経済計算は決算書である」という的確な表現が使われている。

事後って何ですか
「この章の始めに、国民経済計算は総決算書だ、と言ったよね。決算とは事後的、つまり事件が終わってから記録したものだ。しかしミクロ経済学で習う需要関数や供給関数は事前、つまり『予定表』だね。」

脇田成「マクロ経済学のナビゲーター[第3版],2012年

会計上のルールに従って算出されたGDPの値は、野球で喩えるのなら試合終了後のスコアボードの数字のようなものだ。野球の試合が終わった後に「もう少し出塁していれば…」と嘆いても点数にはならない。

2-2 GDEには在庫投資が含まれる。

池戸氏によって勝手に造語されている「GDPの計算式」こと、「国民所得恒等式」は、事後的に成立する恒等式で、この式の投資Iには在庫品も含まれている。在庫には、今後の売れ行きを見越して企業が抱え込んだ「意図した在庫」と単なる売れ残りである「意図しない在庫」があるが、在庫品の増加は意図しようが意図しまいが、「将来に向けて生産活動に利用するためにその価値が残るもの」として投資に分類される。この分類自体は実は曖昧で企業自身もそれがどちらなのかは将来にならないと本当はわからない。国民経済計算での会計上のルールでは、投資に在庫も含めるため、生産面からみたGDPと支出面から見たGDP(GDE)は売れ残りが生じても常に等しくなるようになっている。池戸氏の論法を適用すると「GDPの計算式」の投資に含まれる在庫品投資を闇雲に増加すれば経済成長するという馬鹿な結論が導かれてしまうだろう。

2-3 三面等価の原則は飽くまで事後的に成立するに過ぎない

これはtwitterで、池戸氏が色んな人々に突っ込まれてはガン無視している点だが、三面等価の原則自体も事後的に常に成立するに過ぎない。そこには何の因果関係もなく単に集計して事後的に統計上の不突合を計上したり、国によっては支出面の在庫投資、分配面の営業余剰等をバランス項目として調整して等価関係が維持されるように推計されている。(その辺の話は鈴木[2020]が詳しい)

ここで、分配面から見たGDP(GDI)をもう一回見てみよう。

GDI=固定資本減耗+雇用者報酬+営業余剰・混合所得+(生産・輸入品に課せられる税-補助金)

再び池戸氏の論法を適用すれば、GDIに含まれる項目のうち、意図的に機械・設備を破壊して固定資本減耗を増やし、政府による租税を増やして補助金をカットさえすればGDIが増えて三面等価の原則により、GDPも増えて経済成長することになる。もちろんそんなアホな話ではない。

以上により、三面等価の原則を用いて、「政府支出を増やせばGDPが増えて経済成長する」というのは、端的に学部レベルのマクロ経済学の教科書をまともに読んでないだけの勉強不足なだけである。

ちなみに、「需要は供給を生み出す」(これもあまりに乱暴な要約だが)こと「有効需要」の概念が密接に関わるのは45度線分析であり、国民経済計算自体には関連しない。45度線分析では、色々と条件をつけて辛うじて「政府支出を増やせばGDPは増える」と言える可能性はあるが、それについては次回。

参考文献

書籍

北坂真一(2003).『マクロ経済学・ベーシック』(有斐閣ブックス)
吉川洋(2009).『マクロ経済学 第3版』(岩波書店)
斎藤誠、岩本康志、太田聡一、柴田章久(2010).『新版 マクロ経済学』
(有斐閣)
脇田成(2012).『マクロ経済学のナビゲーター 第3版』(日本評論社)
中村勝克(2015).『基本講義 マクロ経済学』(新世社)
平口良司、稲葉大(2015).『マクロ経済学』(有菱閣ストゥディア)
アセモグル、レイブソン、リスト(2019).『ALL マクロ経済学』
(東洋経済新報社)
中谷厳、下井直毅、塚田裕昭(2021).『入門 マクロ経済学 第6版』
(日本評論社)

論文

鈴木俊光(2020).『わが国における分配側四半期別GDP速報の導入に向けた検討状況』,内閣府経済社会研究所「季刊 国民経済計算」第166号.


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