幽霊の逆襲

1.霊女

装束を身に纏った女性は、渋谷区の線路下のトンネルで、ただ立っていた。

(僕はいつものように、冷気を感じながら、彼女の横を通り過ぎ、トンネルを抜けて家へ帰宅する。)

僕が通るタイミングで現れ、通り過ぎるタイミングで姿を消す彼女は、紛れもなく幽霊である。

ー幻覚ではないだろうか

確かに、50年前に流行した幽霊=幻覚という仮説は一方で正しいと思う。精神的に追い込まれた人に、幻覚が現れる現象は精神分析学の観点から認められていて、僕1人の経験を切り取ってみても、やはり疲れていたり、病んでいる時の方が不自然現象は現れやすい。

ー…それでも、それでも…

(僕は誰かの視線を感じたのでカーテンを閉めた。)

時計の針がam2時22分16秒を指しているので、毛布にくるまって、目を閉ざす。

…………今日もはじまってしまうのだろうか…

不吉なゾロ目な数字の手前、2時22分16秒。

ー……頼む…

17........18...19...20...21...


2.22

(目蓋の裏に、黒い点が泳ぎ始めると、次第に網膜に異様な違和感が広がり、瞳の色が変色した僕は…幽体離脱した。)

間も無く…知らない誰かに憑依する。

渋谷の地下のトンネル、歩道…。
裾を見ると、僕は(私は)装束姿をしていた。

車道には車、ではなく、紫の衣装を見に纏った大量(千人規模)の人(幽霊)が行進していた。

人間としての、僕。
幽霊としての、私。

両者を比較して1つ言えるのは、人間の世界に行き来できる幽霊の方が人間より文明が進んでいるということ。

ーそして、幽霊の企てはかなり緻密に練られていて…間も無く、人類に脅威を与える手前まで来ている。

(ーだから…人間が、本能的に幽霊に脅威を抱く感覚は間違っていないと思う)

道端に踏み潰された号外新聞には、幽霊の1人の天才、が先日開発した呪術的偉業が大きく取り上げられ、過去の偉業の変遷とともに記事にまとめられていた。

"人間を1時的に幽霊に変える事に成功"

大きく取り上げられた記事には、僕(私)の顔写真が貼られている。

私は世界で唯一、人間生まれの幽霊だ。
もうすぐ、人間に戻ってしまう前に、記事に綴られている年表にしっかり目を通す事にした。

霊和1年 1部の幽霊が人間世界に行き来する事の可能化
霊和7年 部分的に幽霊の存在を人間に認知させる事を実現
霊和15年 幽霊の全体像を人間に認知させる事を実現
霊和23年 人間界に心霊スポットの設立
霊和56年 人間との意思疎通の達成
霊和62年 秘密組織化された人間らの協議が開始
霊和78年 人間との協議断裂
霊和105年 人間の霊化の議論が活発化
霊和118年 紫才(シサイ)による呪縛論発見
霊和120年 霊王による紫才による呪縛論の承認
霊和121年 秘密組織、紫帽を設立。
霊和125年 "人間を1時的に幽霊に変える事に成功"

3.33

34.35.36.。
秒針が刻まれる音に目を覚ました。
ー何か恐ろしい夢を見たような…。
残念ながら、記憶がない。

僕は、本を手にとった。
そう、幽霊に関する本。
昔の人が描いた、幽霊の絵が収録されている。
これが妄想で描かれたものか、真実によって描かれたものか定かではない。

なぜ、これほどまでに幽霊のことについて悩まされなくてはならなくなったのか。
それは(記憶の残っていない)毎日続く2時22分の幽体離脱的体験と、この体験が続くキッカケとなった霊的体験が主な原因である。

友人に相談しようにも、まともに相手にしてもらえず、図書館に行こうにも手掛かりらしきものはない。
ーどうやら、僕、だけの体験のようだ。

これが、霊感でなくて、幻覚であってほしいと願い、単位を落としつつも、心理学の勉強もしているが、歩に落ちた答えが見つからないでいる。

ーam.4.00には寝たい…。
ストレスを緩和する食材、それは僕にとって乳製品とバナナで家に常備している。

いつものように、チーズ、ヨーグルト、牛乳、バナナを口に流し込み、今度は眠気から、毛布に身を包んだ。

4.精神科医・霊能力者

午前10時、僕は精神科の診断室で問診を受けていた。
ー鬱病・躁鬱病気・発達障害・HSPー
「どれも当てはまらないや。仕事・学業も忙しいわけでもなさそうだし、とりあえず、当てはまる項目数も健常者と変わりない…。悪いね、力になれなくて、ちょっとまっててね」
精神科の先生は、知り合いの神経科の先生に電話をつなげてくれているみたいで、僕は室内を見渡しながら待っていると、すぐに戻ってきた。
「今日、この後予定は?」
「特にないです」
「そしたら、ここの病院行きなさい、私の推薦を入れといたから、受付にこれを見せればすぐに通してもらえるぞ。あとこれ…私の連絡先だ、色んな患者を見てきたが今回のようなケースは初めてだ。幽体離脱…私も勉強させてもらいたいからな」
首を傾げる医者を背にして、僕は診察所を後にした。

昼食後午後2時。
神経科に、推薦状を見せると、そのまま診察室に通してくれた。
待合室で母親と座る少年の視線に罪悪感を感じたが、促されるがままに足を運ぶ。

線の上を歩いたり、膝を叩かれたり。
健全すぎて、半ばキレ気味に診断が行われたが、やっぱり特に何もなかった。霊的体験自体を疑われる始末だった。
「もう、うちには来なくて良い。ちなみに…幽霊なんかこの世界におらんからな!」
ーこんな診察にお金を払わないといけないのかよ…

結果、2つの病院を訪れたが、医学の視点でたどり着いた境地は、原因不明、で片付けられた。


15時近く、僕は四限の講義を大学で受けていた。
扱うテーマは、フロイト…。

授業中所々で、クスクスと笑い声が響いた。
「なんでもかんでも、性と結びつけすぎだろ」
とか…。
確かにその通りと思いつつ、彼の生涯に想いを寄せると、そんな思考回路にもなるものかと、同情の意を密かに表す。

17時近く、僕は新宿に身を潜める霊barに足を運んだ。

「いらっしゃいませ〜」
ネットで調べて発掘した店だが、ここでは僕はモてる。自称霊能力者を名乗るおじさんや、ホラー映画を手がける映画監督、中にはメキシコから、日本の霊的体験を求めて訪れた謎の若い女性といった常連客に。

早速、金髪でピンクの半袖シャツに短めの青いジーパンを履きこなす、黒縁メガネのメキシコ女性に話しかけられた。

「今日も何かあったの?霊的体験」
「うん、午前2時22分22秒に」

「へぇ〜、私もあんたみたいな体験がしてみたいよ、drunk boy」
drunk boy は彼女によって生み出された僕の渾名だ。メキシカンほど、(僕自身が)お酒に強くないのと、霊的発言が酔っ払いと同レベルに扱われている(=被害妄想)。(ちなみに彼女のニックネームはそのままメキシカンだ。"you call me メキシカン"と初見の際言われたのが、そのまま今に続いる。)

木製のカウンター越しに、50過ぎのおばさんが、メニューを聞いてきた。
「今日も幽霊マティーニ?」
「うん。」

店内に、場違いなダルイ系な洋楽が流れており、メキシカンはタバコを取り出した。

「いる?タバコを吸うと幽体離脱しなくなるかもよ?」
「じゃあ、吸ってみるよ」

口に加えると、彼女がタバコに火をつけてくれた。
喉を通り過ぎる煙に、思わずむせてしまった。
「ハッハー、ジャパニーズはタバコにも弱いのね」
「これ本当にタバコ?」
「タバコよ〜。日本のじゃないけど」

僕は、仕方がないのでふかすことにした。
ーそんなことをいちいちつけ込んでくる客はこの店にはいない。

「はい、これ幽霊マティーニ」
グラスには、紫色をしたお酒が注がれていた。
「なに〜drunk君にタバコすすめたの?」
カウンター越しに(50歳の)オバさんが口を挟んできた。
「だって、幽霊見れなくなるんじゃないかって、親切心よ」
「そうねぇ、drunk君の話リアルすぎるもんね」
メキシカンはそそくさとカバンから紙を取り出した。

「これ、あんたの話から、私なりたどり着いた考えよ」
オバさんと、僕は彼女のメモ用紙に目を向けた。

メモ : drunk boy

・霊的体験から、毎日幽体離脱
・起きた頃には、幽体離脱の記憶なし
・装束姿の女性
・幻覚の可能性低い
・この体験談がdrunk君のみ

key. 幽霊を実際に見たこと+幽霊に(パニック状態になるように)襲われた経験

○真実だと仮定すると
・幽霊は人間(drunk boy)に姿を見せることができる
・襲いかかるというメッセージ
・決まった時刻→意図的に幽体離脱させる力の存在

○気になる点
・幽体離脱した魂はどこへ行っているか

○次に起こりうる可能性
・drunk boy 以外の体験者の発生
・drunk boy 自身の体験の増加

「日本語よく勉強して偉いわね。この感じたと、説得力は薄いけど、要は幽霊がいて、今後進展があるから注意深くアンテナを貼った方が良いって論調ね。」
「そうよ」

ーこれ以上の進展が…
ため息を吐き出し、僕は幽霊マティーニを口に流し込んだ。

「ブラボー、良い飲みっぷりよ」
「酒でも飲んで忘れようと思ってね」

その後、珍しく、医者や50過ぎのおじさんがお店に来たようだが、メキシカンに注がれ続けた酒によって、気がついた頃には、夜中、コンビニ前に座り込んでいた。

通りすがりの人々が気にならないくらいには泥酔している。

「あら、目を覚ましたじゃない、drunk boy。
 はい、水」
「…ありがと、いくら?」
「後ででいいわ、早く行くわよ」
「どこに?」
これから電車に乗って、あんたの家よ。
「帰らなくて良い」
「…どうして?」
「孤独に幽体離脱するよりは、人前でした方が良い」
「私置いてくわよ、そんな状態で気を失ったら、財布をすられるあげく、ただの酔っ払いとしか思われないわよ」
「それで良い」
「何、馬鹿なこと言ってるの?」
「バカはお互い様だよ、何知らない人に情を分けてるの。大人しく自分の家に帰れば良いだろ」
「罪悪感よ」
「嘘つけ」
「ひどい」
「ひどいって」
ー寂しがりやのメンヘラかよ…

「何よ?」
「女に振り回されるのは嫌なんだよ」
「勘違いしないで、寂しさからひどいって言ってると思ってるの?」
「じゃあ何なんだよ」
「ようやくメキシコから来て手に入れた、これは私なりのチャンスなの」
「もっとよくわかんねぇよ」
もっとよく分かんなくて、分からなくて…笑えてきた。

千鳥足な状態で立ち上がった。
「せっかく買ってあげた水置いていくの」
メキシカンは肩を通してきた
「もう終電ないけど家は?」
彼女の左手にある携帯上に示されたマップをぎこちなく操り、指差した。
「ここ」
「え?徒歩1時間6分よ」
「ゔぇっ」
胃液が逆流して、水を手にとり口に含んだ。
「マヂ…か、ゔぇっ」

どうやら僕は、意識を失いながらも、

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