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言葉を過信しない

どちらかというと、と言うのが控えめすぎるほどに、僕は言葉を大切にしている。大学の恩師であった星野先生は「言葉は魂のかけらだから、大切にしないといけない」と常日頃から教えてくれて、僕が不用意な言葉を使うと烈火のごとく怒った。また、数年間は詩を書いていたので、言葉を削ることの素晴らしさと難しさも学んだ。ブログはもう15年書いている。本もライターなしでずっと書いてきて、ここでも言葉を用心深く使うことを続けている。このnoteでも、言語化についてこんなことあんなことを書いている。

ただ、最近は言葉の限界も感じるようになってきている。金沢の鈴木大拙館に圧倒されたあと、彼の「禅学入門」や「」を読み、さらにたまさか村上友晴展に行ったこととも関係しているのかもしれない。

般若心経にあるように、禅宗における悟りは二項対立を乗り越えて事物を流転の中に見ること、自身の心のありようを二項対立で捉えないことだ。それは物事をきっぱりと善悪や幸不幸などで割り切らないことであり、自分の心を好悪や快不快の中で右往左往させないことでもある。その二項対立を超越したところに心の絶対的な平静が実現する。そして、その状態を知恵(般若)とよぶ。

この真理は自分自身で経験してこそはじめて理解されると禅宗では考える。言葉にはさほどの信頼を置いていない。言葉で聞いて分かったような気分になる人間があまりに多いため、弟子たちの言葉依存を打ち破るために禅問答も存在する(例:両手で叩けば音が鳴る、では片手ならどうか)。師匠は真理を説明するのではなく(それは不可能でもある)、弟子たちが真理を得るために必要な手伝いだけをする。修験道も同じ発想から生まれたのだろうし、僕にとって走ることはそういうことだ。1648kmを走って僕が理解したことは、言葉だけで伝えることができない。ウルトラマラソンのランナーたちは皆同じことを考えるんじゃないかな。

言葉に信頼を置いていないのは、ブッダ本人もそうだった。この点については、ワルポール・ラーフラが「ブッダが説いたこと」でエピソードを紹介していた。ブッダは弟子たちに対して、自らの教えは川の向こう側(彼岸=悟りの境地)に渡るための小舟のようなもので、それは川の向こう側に渡ったあとに担ぐべきものではないと説いた。彼の教えの言葉は、弟子たちの置かれた環境に応じ、文字通り思考の助け舟として存在していた。だから、当時の教えが原文通りにコピペされて現代まで伝わることは、ブッダが望んだことではなかったのだろう。

同じようなことを考える偉人は多い。本居宣長も言葉を過信していなかった。彼は学問の方法論について弟子たちに乞われて書いたのだけど、その文の前文に「そんなの倦まず弛まず一生懸命続けるほかないじゃないか」と書いていて、言葉で自分の学問に対するアプローチが伝わるとは思っていなかった(これは、小林秀雄が講演で紹介していたエピソード)。孔子の「巧言令色鮮し仁」だってそうだ。仁という真理は言葉で言い尽くせるものではない、と孔子は考えたのだろう。

同じことは美にも言える。作品の良し悪しは言葉で理解するべきものではなくて、自分の五感で判断するべきものだ。言葉は補助線としては役立つ場合もあると思うけど、言葉にすることで大切なものがこぼれ落ちていく傾向がある。先日行った村上友晴展はすごかった。僕には彼の作品を表現する言葉が出てこなかったけど、見た瞬間に「これはすごい」と右脳に直接信号がやってきた。美は言葉を超越したところに屹立しているんだと思う。

僕がある程度時間を使っている領域でいえば、写真だってそうだ。いい写真は見た瞬間にすごいと分かるもので、そこに説明はいらない。一方で、説明は完璧だけど微妙な写真は多くて、これは写真の教則本とかにけっこう多い。僕が教えてもらった「写真の教則本を買うときの鉄則」は、一流作家らが撮った写真を作例として使っているものだ。例えばSeeing Things、ナショナル・ジオグラフィックの写真教則本(例えばこれ)、Leica Practicum(これは多分部数が限定されていて、僕はドイツのライカで買ったけど、日本で売っているのかは不明)。

もちろん、言葉は僕にとっての武器だし、大切な商売道具でもあるし、長年連れ立った思考の相棒でもある。それは変わらないし、僕はこれからも言葉を大切にして自分の言葉の力を磨いていくつもりだ。僕が言わんとしていることは、全ての道具には限界があるという、当たり前のことだ。こと真善美はそれそのもので体感されるべきもので、言語は最適なメディアたりえないのだろう。


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