遵法復讐者

 俺の半分だけ無事だった脳を全身義肢に移植した医者は、俺が目覚めるなりこう言った。
「どこか痒いところはございませんか?」
 脳みそが半分になっても怒りを感じる部分は残っているらしい。
 医者の言葉が無性に癇に障った俺は、相手の頭を小突いてやろうと機械の腕を振り上げたが、そこでピン止めされたように動けなくなった。
「人を傷つける動作はできないようになっています」
 眉一つ動かさずに、医者はそう言った。
「なんだそりゃ、ロボット三原則か? 俺は人間だぞ。生身の部分が500グラムしかなくたって俺は人間だぞ!」
 俺が発した言葉のはずだが、聞き慣れない声で、それが怒りを不安に変えた。
 医者はやはり微塵も表情を変えずに答えた。
「いえ、製造物責任法です」
 おそらく、ロボット三原則がどうこう言い出す間抜けな全身サイボーグ野郎は俺の前に百万人ぐらい居たんだろう。
 ルーチンワーク中の労働者特有の無表情で、医者はもう一度言った。
「どこか痒いところはございませんか?」
「チンポ」
 医者は電子カルテの「幻肢」欄の「陰茎」のチェックボックスをタッチした。


 結局、股間のムズムズは治らない(それとも"直らない"か?)まま俺は退院した。
 講習を受けて知ったのだが、全身サイボーグは基本的に犯罪を犯すことができない。
 傷害や窃盗はもちろん、信号無視もポイ捨てもできないし、著作権違反の動画や音楽まで視聴不能になるのは、怒りや呆れより先に笑いがこみあげてきた。
 有機物だった時の俺の休日は、違法アップされた映画を鑑賞して過ごすものだったが、まあいい、今は最優先でやることがある。
 こんなクソ+クソ&クソお行儀のいい体になった元凶の裏切者ども。
 ファントム。
 金剛。
 bTf458C7。
 鈴木太郎。
 みっちゃん@イルカ検定1級挑戦中。
 五人全員見つけ出しこの手で八つ裂きにする。
 違法行為は一切できないこの体でどうやるかはまだ思いつかないが。

【続く】

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