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そういう時期なので

お腹空いてたんかもしれんけど、それは流石にがっつき過ぎなんじゃない?

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世の中、クリスマスっぽい感じしませんか?
しますよね?

そりゃあ、まあ、本日はクリスマス直前の週末ですからね。
「タイミング的にクリスマスっぽいことをするのは今日だろう」的なことを考えて、本日の夜半あたりから、若い二人は熱い夜を過ごすことになるのでしょうな!(下世話かつ余計なお世話)

で、もう枯れ果てた中年後期男性の私的には、クリスマスと言ったらチキンを食う口実なわけで、この時期が近づいたらケーキよりもチキンをどう調達するかを気にするわけですよ。

で、先日のことですが、「チキンを食べ比べてみたい」とか思っちゃったりしてしまったんです。

本当なら、手に入るチキン的なものを片っ端から食べ比べたいんですけど、肉体的にも資金的にも難しいので、朝飯を食いに行ったモスバーガーでチキンを買い、そのあとシャトレーゼでケーキを買った帰りにイオンの中のケンタッキーでチキンを買って帰宅して、チキンを食べ比べたんですよ。

写真?
……

………


………………………………

撮り忘れた

食べることばかり気にしてて、完全に忘れてました、マジで。


まあ、正直な話、どこのチキンでも美味しくいただけるんで、モスのチキンも美味しかったんですけど、まあやはりケンタッキーはチキンに魂を売ってる会社なので(言い方)、やはりケンタッキーのチキンは美味しかったなぁ、なんてことを思いました。

にしても、不思議ですよね。
なぜ、七面鳥じゃなくて鶏なのか?

ハロウィンももともとはカブだったって話を聞きますけど、日本に輸入された時にはカボチャに変わってましたから、クリスマスの肉が日本で鶏になった理由が少し気になりました。

……ていうか、よくよく考えたら、クリスマスの食卓にチキンが並ぶようになったのって、僕が子供の頃に住んでた場所の近所(といっても車で10分くらいは走りますが)にケンタッキーが出来てからなんですよねぇ。

あの町にケンタッキーができて最初のクリスマスは、チキンを買い求める客で、朝から晩までごった返してて、フライドチキンが買えずに食べ方のわからないスモークチキンをとりあえず買って帰ってきた親父と、「これだったらスーパーで売ってる鶏もも肉の照り焼きの方が美味いんじゃねーの?」とか失礼なことを思ってしまった僕ら子供の、お互いの困ったような表情を思い出すと「ああ、昭和ってそんな感じだったよなぁ」とか、勝手に思い出してしまったりしてね。

閑話休題(なのか?)。

ケンタッキーで、クリスマス用のパックが売っててね、そこの中に鶏ももの焼いたやつが入ってたんですよ。

子供の頃は、これに目がなくてね、何かお祝い事の度にこれを所望していた気がするんですよ。

あのスーパーの惣菜コーナーに置いてあった、雑に焼いていたせいか、物によっては焦げが多いのもあって食べたら苦かったりしたけれど、それでもご馳走だったなぁと、当時を思い出しながら食べたんです。

僕は肉そのものよりも、表面の皮の柔らかくて弾力があって、皮の脂と調味料の合わさった味と食感が大好きで、それを堪能しつつ、手をベトベトのギトギトにしながら最終的には本当に骨だけ残るくらいまで(当然軟骨は食べる。コリコリした噛み心地が好きなんだよねぇ)、しゃぶるように楽しみながら食べたんだけれど、気持ち的には45年くらい若返って、子供になった気持ちで食べました。

人間、わからんもんです。
骨付きの鶏もも肉を喰らうだけで、瞬間的に子供に戻れるんですから。

今年、まあ、自己破産とかして、散々な一年だったけれど、それでも生きていたからこんな美味いものが食えた。

そのことに、少しだけ感謝してる自分がいたりしたわけです。まる。

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ただのいそじ
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