見出し画像

妄想分裂ポジション 抑うつポジションにおける「ポジション」の意味

経営者とエンジニアの属性をもつ私が、精神分析を独学で学ぶ中で難解だった言葉や概念を書いていきます。


最初この言葉に出会った時、「妄想分裂」「抑うつ」という少しドキッとする言葉と「ポジション」という組み合わせに混乱したことを覚えている。
個人的には「妄想分裂」「抑うつ」という日本語訳がしっくりこないので妄想分裂(paranoid-schizoid)、抗うつ(dipressive)の略語で、PSポジション、Dポジションと呼ぶことにしている。

いろいろな本での説明を読んだが、私のもっともよく理解できた例は、発達段階に則した説明だ。赤ちゃんは何も問題のない子宮から出てからずっと不快感に悩まされている。その世界の中で良い出来事の最たるものは、授乳だろう。お乳のよく出るおっぱいは「良い」ものと認識する。不快な事はたくさんあるだろうが、「良い」の対比として、お乳の出なくなったおっぱいは「悪い」ものとしてみよう。
赤ちゃんの初期の発達段階では、「良い」ものと「悪い」ものは別々に認識される。「良い」おっぱいと「悪い」おっぱいは同一人物のモノであるという概念はまだ獲得していない。心の中にも「良い」と「悪い」が別々に対象として発生する。
「悪い」は不快なので、外に出したくなる。お乳の出なくなったおっぱいを噛んだり、手で払い除けたりする。お母さんも人間なので、そんなことをされると嫌な気持ちになったりする。赤ちゃんは現実として、「良い」おっぱいを持っている人から怒られたりする。こんな体験をしているうちに、「良い」おっぱいをもっている人と「悪い」おっぱいを持っている人が同一人物だと気が付く。部分であった対象が統合される。

PSポジションとDポジション

そうすると、「良い」「悪い」に対して直接的に反応していた行動や思考をコントロールできるようになる。「良い」「悪い」に直接的に反応している状態をPSポジション、それらを統合して感情がコントロールできているのをDポジションと呼んでいる。大人になる=Dポジション優位とも言えるが、これらのバランスは崩れやすく、PSポジション優位になれば、社会生活が難しくなったりする。感情が暴走してしまっている人を理解するには納得できる理論である。マイルドな話としても「あの人はいい人だ!」と言っていて、次の日に「ひどい人だ!」と見方を変える人は普通にいる。同じ人なのに。

まあ言葉自体の理解は容易い。しかし私はどうして「ポジション」と名付けられたのか?が気になっていた。「状態」とか「型」みたいな言葉でもよかったのではないか。
これを主に提唱していたM.クラインについて知るにつれ、なんとなく言葉のニュアンスが読み取れた。
私の理解のイメージは、サッカーなどのチーム対戦スポーツである。それぞれのチームのメンバーはポジションを替え、戦況は停滞したりどちらかが有利になったりする。メンバー自体は変わらずポジションが変わるだけである。さらにそれを楽しむ(理解する)には、一定時間観戦しないと分からない。ゴールの瞬間のポジションだけ見ても片方が有利になった最終局面だけしか分からない。つまり、位置は変わるが要素は変わらない+見守らないと分からない、ということを暗に示しているのではないか。

M.クラインは、現場からたたき上げの人で、まさに臨床での手法を理論化した人だ。なのでこれから臨床を行う人への手引きとなる言葉選びが必要なんだろう、と感じた。この気づきで精神分析の言葉がわかりやすくなった。

ここから先は

0字

この記事は現在販売されていません

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?