見出し画像

松田の春、萌ゆ

神奈川県の西の果て、松田町の春は、3月でも4月でもない。ましてや5月でもない。
2月だ。

松田町のランドマーク、松田山。
足柄平野を見渡す小高い山の中腹に「西平畑公園(にしひらはたけこうえん)」が整備されている。

「21世紀に花を咲かせよう」
1996年、この合言葉で、約100本の河津桜の苗木が植えられた。
公園までの道路拡張や300本の追加植樹を経て、現在の公園に整備された。

この時期に開催される「まつだ桜まつり」は、今年で25回目となる。人口1万人のこの田舎町に、多い時では33万人が訪れる。県外ナンバーの車が、町中あちこちを走り、普段は閑散とした駅前も、まるで原宿かと(誇張表現です)見間違うほどの人通りだ。
開花から10日程度で見事に散ってしまう「ソメイヨシノ」と異なり(それはそれで美しいのだけど)、河津桜は1ヶ月かけて満開を迎える。
今年の松田山の河津桜は、数日前(2月20日)に満開が発表された。

河津桜の特徴は、濃いピンク色だ。
純白なイメージのソメイヨシノを20代に例えたら、河津桜はもう少し下の年齢、中高生くらいの印象か。まだまだ幼さ抜けず、純真無垢な心を残した思春期真っ只中の世代。若々しさと可憐さが、早春の空気とピタリ、とはまる。

桜は松田山の斜面に植えられているので、小田急線からも、東名高速からも、そこだけピンク色に浮かれる様が、はっきりと見ることができる。遠目に見ても春萌ゆる松田山はとても美しい。

でも、できることなら、西平畑公園まで、足を伸ばしてみてほしい。
小田急線新松田駅、JR松田駅から、徒歩約20分程度か。桜まつり開催中は、松田駅前からシャトルバスも運行している。

ゆっくりと斜面を登っていくと、少し、汗ばむ。Tシャツの胸元をあおぎながら、暖かさに春の訪れを感じる。
公園入り口を入ると、河津桜の根元に植えられた満開の菜の花が目につく。原色に近い黄色が、春の歓びを鮮やかに映す。見上げた河津桜の枝には、ホーホケキョウ。鶯が枝から枝を闊歩して、春を、唄う。深呼吸すると、わずかに、青臭い、土の匂いがする。息吹の匂いだ。
満開の花の向こう側、空がいつもより青く見えるのは、黄色、ピンクとの対照色の効果か。本格的な花粉シーズンの、ほんの少し前、空も霞みがからず、クリアだ。

そして、頂上からの展望。
足柄平野を望む。
右手には、真っ白い雪をたたえた富士山が堂々と鎮座する。
左手、平野を流れる酒匂川が相模湾に流れ込む。遠くに小田原城の天守閣。伊豆大島の影が、はっきりと海に浮かぶ。
眼下には、先ほど降りた駅が小さく見え、動く電車もまるでおもちゃみたいだ。
春。何かをスタートするには、ふさわしい季節。
松田山の展望台に立つと、きっと何かを宣言したくなるはずだ。もちろん、僕も、精一杯心の中で叫んだ。
何を叫んだのかって?もちろん、秘密。

帰り道の酒屋で、珍しい酒を一本買った。

松田町の酒蔵「中沢酒造」『亮』だ。
この酒、先ほどの西平畑公園に育成する河津桜の酵母を使った酒だ。米も松田町で採れた若水を使用し、全て地元産にこだわっている。
西平畑公園で見た、鮮やかな原色のコントラストを思い出させる様な、瑞々しくフレッシュな飲み口。約2℃の低温で、50日かけて醸されるこの酒は、まるでこの春のためにじっと冬を越してきたかの様だ。美酒。

早春の山菜と合わせて、春を飲(や)る。
窓を開けると、まだ少し冷たい風が部屋に入り込んできた。
僕は、大きなくしゃみをひとつした。

ハーハーハー♪
ルールールー♪
春が、来た。

※2024年「まつだ桜まつり」は、3月3日(日)まで開催中。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?