見出し画像

残酷な結末 J1昇格プレーオフ決勝戦

フットボール(サッカー)ファンの多くは、不幸になると言われている。試合に勝った喜びの、倍の苦痛が敗戦によってもたらされる研究結果があるらしい。時間やお金を費やし、代わりに多くのストレスを受け取る興行は、フットボールくらいのものだと思う。さらに、野球と違って、試合は1週間に1試合。傷つけられたハートを1週間引きずることになる。大好きなアーティストのライブに出かけ、メンタルを抉られて帰宅した経験のある人などいない。本来、興行とはそういうものだ。

J1昇格を賭けた一戦。
天国と地獄。最も残酷な戦い。そう形容される。
まず初めに、僕の立ち位置をはっきりさせておく。
清水エスパルスファンだ。常にスタジアムに足を運ぶ熱狂的なサポーターではないが、クラブ発足以来、毎年応援している。年に数回はスタジアムで観戦するし、DAZNで全ての試合を見ている。

次に、清水エスパルスの立ち位置。クラブ創立30周年を迎える今年、戦いの舞台はJ2だ。昨年、降格した。J2降格は2度目だ。前回は2016年で、一年でのJ1昇格に成功した。
圧倒的なタレントを擁し、J1昇格の大本命と言われた今年、まずスタートに完全に躓いた。権田、乾と元日本代表メンバーを揃え、昨年J1で得点王だったチアゴサンタナをFWに置く。誰が監督をしても、勝手に点を取って、勝手に守って、圧倒的な強さでJ1昇格を決めるものだと思っていた人も多い。だが、フットボールはそんなに単純なものではない。
開幕7試合で、2敗5引き分け、勝ちなし。この結果を誰が想像できただろうか。清水はここで、昨年途中から就任したブラジル人監督のゼリカルドを解任、秋葉コーチが監督に昇格した。

そこから、多くのタレントが本来の力を発揮し、圧倒的な攻撃力で自動昇格圏の2位にまで浮上。勝ちきれないゲームやポカで敗戦も随所に見られたものの、最終戦を勝てば、来年は再びJ1の世界で戦うことができる、はずだった。

結果は、ドロー。最終節で2位の座を、同じ静岡県内をホームタウンとするライバル、ジュビロ磐田にあっさりと明け渡した。それどころか、東京ヴェルディにまで勝ち点で抜かれて、年間順位は4位で終了した。サポーターのショックはとても大きなものだったが、選手のそれは、想像することすら出来ぬほどチームに負の影響を与えたことだろう。乾は試合後「正直、今は全くプレーオフのことは考えられない。頭の中ぎ整理できない」と胸の内を明かしていた。

3位から6位のクラブはJ1昇格最後のひと椅子を賭けたトーナメント戦を戦うことになる。年間順位が上のクラブは、ホームスタジアムで試合を開催でき、さらに引き分けでも勝利することができる独特のレギュレーションだ。極限の緊張感の中、サッカー人生を左右しかねない試合となる。クラブ、サポーターだけでなく、選手にとってもそれは同じで、カテゴリーの違いはそのまま選手としての評価に直結し、年俸の増減につながる。

5万人を超えるファン、サポーターの前で行われた決勝戦。カードは3位東京ヴェルディvs清水エスパルス。場所は、国立競技場だ。

大方の予想通り、試合は固い内容で進んだ。お互い、相手に先制点を献上したくない思いが強く、リスクを冒して攻撃に転じない。そんな中、ついに試合が動いたのは後半18分だった。アディショナルタイムを含めて、清水は残り30分ほどをを無失点で切り抜ければ、来年の舞台はJ1である。時計は着々と進み、アディショナルタイムに突入した。東京ヴェルディは必死の攻撃に転じ、何度か好機も演出したが、清水も最後のところでディフェンダーが体を投げ出し、ゴールを割らせない。

来年は、J1だ!
僕がそう思った時、相手にPKが与えられた。会場が静まり返る。何が起きたのか整理できない。なぜ、ペナルティエリア内で、それほど危険なシーンでもないにも関わらず、後方からスライディングタックルを仕掛けたのか。
PKが決まった時間は、90+6。スコアは1-1だか、このまま終了すれば、年間順位が上の東京ヴェルディが、J1の座を掴み取ることになる。
茫然自失。
ホイッスルが鳴り、試合終了。晴れた空があまりにも眩しく目を射抜く。
フィールドを挟んで向かい側のゴール裏では、緑色のフラッグが、勝利を讃えるチャントに乗せて大きく振られていた。

応援するクラブに勝ってほしい、強くあってほしい、そう願わない人はいないと思う。なぜなのか。
たぶん、クラブと自分を重ね合わせ、クラブの勝利=クラブの価値が上がる=自分の価値も上がる、こんな心理が働いているのではないだろうか。否定する人も多いと思うが、強いクラブを応援するサポーターの中に、弱いクラブのサポーターに対し、マウントを取る人間が一定数存在する。クラブの強さを、自分の強さや価値と勘違いする輩だ。

プロスポーツである以上、勝利を求めることは必須条件である。これは、絶対。だが、もし勝てなかったとしても、必要以上に落ち込んでいては、弱いクラブを応援し続けることはできない。欧州の男性にとって、日常の生活で受けるストレスの上位に、フットボール観戦が挙げられるらしい。本当にストレスフルなスポーツだ。
そもそも、僕が清水エスパルスを好きな理由は、強い(強かった)からではない。たまたま静岡で生まれ育った僕に取って、地元のクラブを応援するのに理由なんかいらなかった、それだけのことだ。

来年も、J2。紛れもない事実。
このクラブを嫌いになることは、ない。ないと思う、いまさら。
でも、やはり、悔しい。弱いクラブには価値がないのだろうか。J2で戦うことで、クラブとしての価値が落ちるのだろうか。
静岡から、大挙して駆けつけた橙色の同志たちが、試合後の選手を大声で歌い、讃える姿を見て、また一からやり直そう、この悔しさを、来年の笑顔に変えよう、そう思った。
これだけ多くのサポーターに愛されたクラブのファミリーとして、僕は、フットボールファンとして幸せだと、素直に思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?