見出し画像

製造業界から貰った、贈り物。

今日は、僕の数少ない「特技」を自慢してやろうと思う。
これはきっと、誰にでもできるようで、難しい。
考えようによってはとんでもないスキルだと僕は思っている。

もったいぶっても仕方ない。
僕の「特技」を紹介しよう。

僕の特技、……それは。

「とにかくボーッとする」ことだ。

そこのあなた。
ちょっとだけ僕の話を聞いてほしい。

僕は決して、ふざけてなんていない。

製造業で培った、ボーッとする技術

僕は、高校を卒業してからほぼずっと製造業界で仕事をしている。
いわゆる工場。英語で書くとファクトリー。
そう、僕は工場で汗を流して、飯を食ってきた。

組み立て途中の製品がベルトコンベアに並べられ、どんどん流れてくる。
それを作業者が黙々と組み立てている様子。
なんとなく想像できるだろうか。

僕は、10年以上工場で働いている。

ここで聞きたい。
あなたは、工場での仕事をどう感じるだろうか?

毎日8時間。ほぼ同じ姿勢。
同じことを何百、何千回も繰り返す。
それを毎日毎日、繰り返す。
暑い日も、寒い日も。冬も夏も。

「いやいや、絶対飽きるっしょ!無理無理!」

製造業界で働いたことがない人は、
そう感じるのではないだろうか。

そう、飽きる。
おっしゃる通りだ。ものすごく飽きる。

最初の数時間はまだ、いい。
今日のお昼は何食べようかな、とか。
昨日コンビニですれ違った女の子、可愛かったな、とか。
さっき、あいつにこんなこと言われてムカつくな、とか。

そんなことを考えていれば、あっという間だ。

だけどそんなネタはすぐに尽きる。
そんなとき。ふと。

「あぁ、今日も長いなぁ。
 今何時だろう。もうそろそろ10時の休憩かな」

そんなことを思い、時計を見上げたら、最後だ。
時間は予想の半分も過ぎていない。
だいたい、8時50分くらいだ。

それから時計を見るたびにこう考える。

「あの時計、絶対壊れてる」

嘘みたいに進まない時間。それが延々と続く。
時間を気にした瞬間に、時計の針は全く進まなくなる不思議。
学生時代、嫌いな授業を受けるときはそんな感じだったのではないか。

工場の仕事って、本当にそんな感じだ。

僕はもう、何度それを体験したか分からない。
誰か話し相手でもいればいいが、
時には完全な個室で、ひとりぼっちで作業したこともある。

個室だから、話し相手なんていない。
時間はますます進まない。
それでも製品は流れてくる。憎たらしいほどに。

そんな生活の最中、僕の「特技」は開花した。

ある日。
僕は上司にこんなことを言われた。

「ラインマンはな、ロボットになるんだ」

ラインマンとは、製造ラインで働く人を指す。つまり作業者のこと。

いや、それどころじゃない。

おいおい嘘だろ! 僕は生きてる人間だっての。
血も涙もねぇ。鬼かこいつは。狂ってやがる!

心の中でそう思った。

しかし僕は正直者だ。
「はい!立派なロボットになってみせます!」と元気に答えた。

それから僕は、毎日8時間、ロボットになり続けた。
決められた動作を、決められた秒数で。
決められただけ、行う。余計な感情はいらない。
自分にそう言い聞かせ続けた。

いつしか僕は、8時間の作業が全く苦にならなくなる。

だって、ロボット(社畜)だもん。

思い込みと、置かれた環境に適応する人間の力は半端じゃない。
僕は自分の思考を、自在にシャットアウトできるようになっていた。

目は開け、手も体も動かせる。
決められた動作を寸分違わずに繰り返す。

それをほとんど無意識の、ボーッとした状態で行うことができるのだ。
ちなみに、異常なものが流れてくるとスッと我に返る。
異常検知機能付きの自動運転ロボットだ。ご飯とニコチンが燃料。

そんな機能を有した僕は。
何時間でも黙ったまま、何もせずにボーッとしていることができる。
多分本気を出したら何も考えずに何時間でも過ごせる。

よく「何も考えないって難しい」というが、
僕にとってはそんなに難しいことじゃない。
「何も考えない」というよりも「考えないことができる」感覚だ。

今、僕はこうやって文章を書くことを生きがいとしているが、
この「書く」時も、実はほとんど何も考えていない。

いわゆる、「右脳で書く」ということなのかもしれない。
今の僕は、執筆ロボットだ。

僕が製造業界で培った「特技」。
それは思わぬ形で、今、とても僕の役に立ってくれている。

充満する油の匂いと、キィキィと悲鳴を上げる機械たち。
そんな世界からもらった、僕だけの贈り物だ。

#業界あるある

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?