上地君

上地君と知り合ったのは大学の頃で、僕は落語研究会、彼はマジック研究会の一年生同士だった。二人とも腕はともかくお互い部長という、とても小さく非常に無駄な天下を獲るころから本格的に飲みに行くようになり仲良くなった。

 それから僕は噺家に、写真学科だった彼はカメラマンとなり、疎遠になりそうな時期も乗り越え、高円寺であーでもない、こーでもないと酒を飲みながらの愚痴話。

たいてい僕が酔っ払って『俺のことを褒めてくれ』と駄々をこねるのを笑顔で受け止めてくれた。一方僕はその記憶が酒のおかげで綺麗にどこかへ消し飛び、また次会えば褒めてくれの一点張り。それでも彼は付き合ってくれ、律儀に落語会に足を運んでくれては「中西君は売れるよ、僕はファンだよ」とこの上ない賛辞を送ってくれる。

 こう書くと非常に爽やかな20代後半の青春話になるのだが、決して爽やかな話をしたいわけではない。

上地君は爽やかな人間ではないからだ。

夢を買うんだと金もないのに勘で馬券を買っては負けてしまうし、新居に呼ばれた時はカセットコンロの汚れを拭こうとティッシュを近づけ火を放ってしまう。会計の時にスムーズに行かないとなぜスムーズに行かないのかを説明して相手をぽかんとさせてしまう。

生きるのが少し苦手な人なのだ。
おそらくスタッフがついて生活密着すれば上質な「ザ・ノンフィクション」が撮れるはず。宮崎あおいのナレーションにぴったりだ。
独特の価値観と持ち前の不器用さで人間関係に苦しみ、変なとこで笑い、怒られ、その時の怒りを餌に生きている彼はまさにジョーカー。沖縄出身なので沖縄ジョーカーとでも呼ぼう。そのへんてこさこそ、彼から目を離せない最大の理由だ。

 彼はなかなかに報われない。

スナックの片隅でくたびれたじいさんを見つけたときのこと。彼はそのくたびれたじいさんがおそらく仕事に疲れているのだろうとスーツの感じとかから判断し、勝手に妄想を始めてしまう。

「あぁ、社会の波に揉まれ、それでも毎日出社して、年下上司に顎で使われるのを笑いたくもない、えへへ、という苦笑いでごまかし、いま、このスナックでうなだれている。よし、あの人に一杯ご馳走しよう」

と脳内で素早く転換してしまうのだ。

しかもちょっとキザな思考のため、ママ、向こうのテーブルに一杯という、銀座のbarスタイルで渡そうとしてしまう。
でもそこは高円寺の地獄みたいな場末のスナックだ。頼みたい物はカラオケの音量を超えるくらいのでか声を出してはじめて酒にありつける。そんな場所で彼はキザに渡そうとする。
案の定、突然水割りを渡されたくたびれたじいさんは困惑し、頼んでないぞと激高しはじめ、ママの「あちらのお客様から」という声はカラオケの音量にかき消され、ついには客とママが喧嘩になるのを横目に彼はさっと帰るのだ。
ちなみにくたびれじいさんは高円寺界隈でぶいぶい言わせている喧嘩っ早い金持ち頑固じじいだというのだから大きな見立て違いのおまけ付き。

あるときは妹のためにカレーを作ろうとする。妹は優秀で、兄は必ず失敗するからお願いだから私の帰りを待ってくれと懇願する。しかし仕事に疲れた妹のために料理を作ってやろう、という一度入れた、スイッチを切ることができない。
しかも何度も言うがキザだから、作ったこともないのにスパイスから作ろうとしてしまう。
昼過ぎから料理をはじめた上地君は、お昼の穏やかな陽気とラジオにより良い気分になって麦酒をあけてしまい、その後の眠気に勝てず、鍋に火を付けたまま寝てしまったのだ。
起きてみると軽いぼや騒ぎ。
慌てて火を止めたのだが部屋中が焦げ臭い。ふと目線をやると妹の大事なセーターがかかったままでびっちり焦げ臭さが染みついている。
この匂いを嗅ぎつかれてはミスしたことを必ず問いただされるので、証拠隠滅のため洗って乾燥機にかけるというちょっとずるいとこもあるのだが、さすがは上地君。そのセーターは乾燥機にかけたことで実寸の半分くらいに縮んでしまい、25歳の私服はベビー用品くらいのサイズとなり罪が露見したのだ。

先日はマッチングアプリに登録したらしい。
年収の面であまり引きがこない彼のプロフィールに、ある日なぜか多くの通知が来たのだ。早速連絡を取りLINEをはじめると第一声、

「はじめまして、パイロットやられてるんですね、すごくないですか?」 

 職業欄を「パイロット」に設定していたのだ。

パイロット。沖縄のパイロット。

まさかオスプレイを操縦しているわけもない。

「あ、パイロットじゃないです」と返信してこの出会いは既読スルーであえなく終わり。


「世の中結局パイロットかよ」
「うん、たぶん世の中は噺家よりカメラマンより、パイロットだよ」

 いまは沖縄に戻ってしまったが、三日に一回くらい電話をして、その頻度を上回るペースで彼はしくじりその話を酒飲みながら聞かせてもらっている。
そして電話の終わりには必ず


「沖縄で落語やりたいな」

「うん、呼べるように頑張るよ」


 行ける根拠もないのにそう言い合って電話が終わっていたのだが、ひょんなことから沖縄公演が決まったのだ。

 すぐに上地君に連絡すると小屋を紹介してくれ、チラシを巻いてくれ、受付等、いわゆる世話人役を買って出てくれた。

「待ってるよ、みんなを喜ばせる最高のプランは出来上がってるから」


たぶん絶対に失敗するだろう。
張り切れば張り切るだけ間違える上地君に神様は厳しい。

おそらく連れて行きたいお店はのっぴきならない理由で臨時休業となり、たまたま入った居酒屋では酔っ払いが暴れ出だし、帰りの車はパンクしてレッカーを呼ぶことになる。

そのくらいのことは起こるはずだ。

そうしてその体験が血となり肉となり、まくらやエッセイを生み出す燃料となる。

そんな沖縄公演は来週月曜日。
この文章の続編がなければ上地君が成功したということだ。

ぜひとも続きを書きたい。

 
 

 

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