リコーダーと鈴

小学校四年生の頃、クラス全体の演奏会があった。
体育館に集まりクラスごとに課題曲を発表する。合唱はなく演奏のみという、なんてことない行事だ。

我がクラスはネバーエンディングストーリーのテーマソングを演奏することになり、クラス内では「これを忠実に演奏できれば優勝間違いなし」と期待が巻き起こり、コンクール実行委員も、我々平民のクラスメイトも「演奏会優勝、力を出し切ろう」というやる気まんまんのスローガンを掲げ練習を始めた。

まず演奏する楽器を生徒自身で決めなくてはならない。

リコーダーを何人、ピアニカを何人、うちはシンバルを使いますなど、曲に応じて使う楽器や演奏者を挙手制で決めていく。なかには「私はバイオリンを」などとしたり顔でアピールする輩も出てくる。学校にバイオリンなど持ってこようものなら、その日からヒーロー扱い。羨ましいことこの上ない。

僕もバイオリンのように目立ちたい。

まさかこれからレッスンに通うことはできないのでバイオリンは諦めるが、目を引くような変わった楽器を演奏したい。
ピアニカやリコーダーではだめなのだ。将棋で言ったら「歩」のような、個性のない楽器では目立てない。でも大太鼓やシンバルは大人気なのでオーディションになって漏れてしまう可能性が高い。

競争率が低く、それでいて目立ち、簡単に演奏できる楽器が良い。

何かないか考えていると、先生がティンパニーを紹介してくれた。
二本のバチで三つの太鼓の皮をぽかぽか叩くあのでかい楽器だ。小学校の授業程度ではなかなか扱わない珍しさに加え、人気もそれほどなく、演奏も簡単そうに見える。

僕は頭の中で

「ああ、あれを俺が叩いたとなると親は驚くだろうな。『あんたティンパニーなんてクラシックでしかみないよ、すごいじゃないか』」と賞賛されるだろう。僕はティンパニーとの出会いを感謝し、先生の集計を待った。

「じゃあ、読み上げていくから演奏したい楽器があったら手を挙げてね。まずは、リコーダーの枠が十人。えーと、齋藤、阿部、高野…はい、次はピアニカで…」
 
個性のない生徒達が安易に決断していく中、僕はティンパニーの「ティ」の字を待ち続けた。予想通り大太鼓もシンバルも募集以上の手が挙がってしまい、後日実技を見てのオーディションという形式を取られブーイングの声が上がる。

「ばかめ、倍率の高い勝負など捨てるべきだ。倍率は低いがなんか変わってて、よくわからない楽器を選ぶのが一番楽に目立てるんだ」

のちそれの鑑みたいな「日本大学芸術学部」を選ぶことになる少年つばさがほくそ笑む。


「次はちょっと珍しいから練習が必要かもな、ティンパニー、演奏したい人」

この言葉と同時に手を挙げたのは、僕と室橋君という男子。読み通り倍率の低さはありがたがったが、この時点でティンパニーは一騎打ちのオーディションとなってしまう。

「じゃあ、中西と室橋はティンパニーの楽譜を渡すから一週間後に聴かせてくれ」


うむ、なかなかに難しい戦いを強いられた。
というのも、室橋君は非常に真面目で努力家、おそらくオーディションもかなり仕上げてくるだろう。

「中西と被っちゃったかー、よろしくね」などと爽やかな笑顔で挨拶に来るあたり、敵ながらあっぱれだ。

だがあきらめる訳にはいかない。

帰宅した僕はすぐにひっくり返したお皿を菜箸で叩き始めた。やり始めると案外楽しく、曲がポップなために合わせやすい。おお、意外といけるな、とりあえずなにを演奏しているかくらいはわかるな、という低すぎるハードルを軽々と越え練習はおしまい。オーディションまでは映画のネバーエンディングストーリーを観ながらポテチを食べていた。美味かった。

オーディション当日だけ早めに起きて、鉛筆と紙に丸を三つ書いたお手製ティンパニーで叩いてみる。

うん、なんとなくいける。

当時から自信過剰だった。


結果は言うまでもなく僕の大敗。室橋くんがティンパニーの奏者を勝ち取った。表面だけ楽譜をなぞった僕とは違い、彼は一音も外すことなく叩ききったのだ。

先生はもう室橋君を褒めるよりも圧倒的実力差で負けた僕をどう慰めるかで頭を悩ませている。それほどの歴史的大敗なのだ。自主練は二回だけなので全然ショック受けてはいないのですよ、とは口が裂けても言えなかった。

こうなると違う楽器をすぐに選ばなければいけない。周りはすでに一週間も演奏の練習に取り組んでいる。今入ればピアニカやリコーダーにも追いつけるのだが、目立ちたいというプライドが邪魔をしてその選択をしようとしない。

そうして次に目を付けたのはアコーディオンだ。

あの、蛇腹と鍵盤で成り立つ、ピエロが持っているお洒落楽器。演奏は難しそうだが、これならば充分に目立てる。早速練習に参加したがこれはどうにもならなかった。

だって左の鍵盤の動きと右の蛇腹を連動させなければいけないのだから。

なんて基本的な問題と思うだろう。
ただ、それが僕の実力であり、なによりあの蛇腹を引っ張るタイミングがよく分からない。みんな音の強弱を表現するため蛇腹を伸ばしたり戻したりするらしいのだが、感覚的なものが皆無のため、しかたなく僕は好きな時に蛇腹を引っ張り伸ばしたりすることにした。当然演奏は合わず「中西君ちゃんとやってよ」と、ちゃんとしている女子からちゃんとしていない僕へクレームが入り、あえなくアコーディオンを撤退することとなる。

出来もしないアコーディオンに数週間費やした僕は、もはやどこのグループにも所属することができず、このままでは、ピアニカかリコーダーを吹くふりで演奏会を迎えることになる。先生に相談すると、青い顔をして頭を抱えていた。

とりあえず二人で音楽室に出向き、演奏できそうな楽器をひたすら探す。

先生はでかめの鈴を持ってきて「中西、これなら曲の邪魔にならないぞ」と、揺らして鳴らすだけのほぼ戦力外の楽器をあてがおうとするのだが、どうしても目立ちたい僕は、鈴をやる代わりにギロとカウベルと木魚も加えることを要求した。

こんな楽器はまず見ないし、これらを並べることでなんか演奏中の忙しそうにできる。扱いも簡単だ。

でも先生は、

ギロはギーという音しかでないしカウベルはトライアングルの邪魔をする。
木魚に至っては楽器かどうかの判定も難しい、などとできない理由を論理立てて説明して却下してくる。
せめて劇中のファルコンが歯をこする音としてギロだけはと粘ったのだが、提案むなしく、鈴担当で演奏会を迎えることに。

当日、隣のクラスの仲良しに「中西何やるの」とトイレで聞かれたのだが、答えに窮した。

「鈴だよ」なんて恥ずかしすぎる。

ただ、演奏は確実に見られるのでいま告白するしかないのだが

「ああ、なんか、俺一人でやる楽器なんだよね」

イキってしまった。

「すごいじゃん」

期待値だけ上げてしまい演奏会が始まってしまう。

親も見守るなか、壇上にあがる僕の傍にあるのは単品のでかめの鈴。友達も親も周りの父兄も「まさかあの子鈴だけじゃないよね」みたいな顔をしていたが、どうすることもできない。

演奏は大盛り上がりで、有名な曲がみんなのテンションを上げていく。中でも一番格好よかったのはリコーダーで、主旋律を吹いてほぼメイン部分を占めていた。

リコーダーにすればよかったと悔やんでも時既に遅し。

ティンパニーの室橋君も、僕を追い出したアコーディオンの女子達も立派に見せ場を務め上げ、曲は佳境へ。いつまでも座っていると親が心配するだろうなと、ちょいと早めに立ち上がり、しぶしぶ鈴を片手にクライマックスを迎える。指揮者が大きく振り下ろすと全楽器が鳴り響き、その中で僕の鈴の音がしょっぱい華を添える。先生の地獄のような計らいでみんなが演奏を止めても鈴の音は二秒くらい鳴らすことになっていたため、無音の中鈴の音が最後まで響き渡った。

そのためか曲の感想は
「鈴の子が長い」やら「急にクリスマスっぽくなった」やら、みんなの頭の中は鈴一色。完璧なまでの悪目立ちだ。

 家に帰ると別段演奏会には触れられず夕飯が出てきた。

がさつな親父だけが「鈴、最後まで鳴ってて一番目立ってたぞ」と皮肉ならあっぱれという感想を述べて、僕は「おーう」と適当な返事を返した。

リコーダーでも努力すればしっかり活躍できたのだ。努力は大事。

努力を知った僕は少し成長し、二日後にはもう忘れた。


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