(仮)エドリューション その12

 これまで見てきましたように、今日、世界中の人類が恩恵や影響を受けているといえる現代文明は、その発生当初から、一元性、軍事や戦争、テクノロジーといった方面において発達する傾向を示したのに対して、約300年の間、日本において熟成された江戸文化では、多様性や共生、民衆や平和、文化や教養といったものが特徴になっています。環境問題をはじめ、現代の社会問題が根っこを同じくするものであれば、それと対極の特徴を示すこの江戸時代の在り方が、それらを解決する手立てになる、というのがこの論考における提言です。

 中国古来より伝わる人生哲学であり、宇宙哲学の根本を伝えるともいわれる易経においても、下から天に向かって立ち上る男性原理を表す「乾」という卦が、大地へ広くしみわたるさまを表す女性原理である「坤」という卦を載せて、バランスよく働いている状態を「地天泰」という理想的な状態としています。産業革命の始まりを告げる蒸気機関から立ち上がる蒸気は、まさに天へと向かう「乾」の卦を表し、軍事やテクノロジー、一極性というものは男性原理を表します。江戸時代に見られる権力者がパワーを手放し民衆へと浸透していく様子は、平和、文化的教養、多様性という女性原理とともに、「坤」の卦そのものです。

 易の「地天泰」の卦と同じく、男性原理主体の現代文明を、女性原理の具現化である江戸文化が包み込む姿こそ、次なる理想世界の在り方になるのではないでしょうか。そのような視点で眺めてみると、江戸時代はいまだ進行中です。たとえ政治体制は変わり、元号が変わったとしても、その時代に醸し出された文化のエッセンスが次の時代に、継承、発展させていければの話ですが。確かに、日本の社会全体を見渡せば現代の学校制度などのように、戦争という現代文明の影響を残している分野もあり、私たち自身も江戸文化を参考にして、学ぶべきところは学んでいかなければなりません。なにより、私たち日本人は過去に江戸文化という、自然の営みと共生する社会を育んできたという歴史を有するのです。

 しかもさらに歴史をさかのぼれば、海外から取り入れた文明を日本らしく味付けし、自分たちの社会や生活になじませながら共存したという経験も持ち合わせているのです。それは当時の世界帝国であったお隣の国から、遣隋使、遣唐使を派遣するという形で政治制度や文化を取り入れることからはじまりました。そしてこれは菅原道真の建議により廃止され、その後唐風の文化を取り入れながらも、かな文字で書かれた日本文学、日本的装束、寝殿造り、といった日本人の感性に合った国風文化が花開くことになったのです。


#創作大賞2022

いつの世も 人の出会いは ゆくりなく 見えぬ糸にて 繫がれしか