保健師

いつもとまるで違う自分の頭が、おばさんの口にしているペットボトルを気にしはじめた。指差しながら「それかわいいですね」と言うと、彼女は「ペットボトル?入れてる巾着?」と訊いたけど、もちろん何も考えていないし、かわいいでしょアハハで終わらせてほしかった。でも責任を取るしかない。巾着は渋い色をしていて全体的に汚れているかんじだったから、ペットボトルのサイズにかわいさを見出そうと思い、ペットボトルです、と答えた。巾着かい、と彼女は言った。

「京都で買ったんだって。親友にもらったの」
「いいですね。染め物?」
「でもその人、自殺したのさ」
「……」
「用水から落っこちたんだわ。思い詰めてること、おばさんわからんかったよ」
「わからないですよ、そういうのは」
「だからショックでね。後追い自殺しようかと思ったけどやめといたわ。そういう人は溜め込んじゃうのさ。だから我慢したらだめ。わかった? 誰でもいいから話しなさい。わかった?」

今朝、4時の光に起こされたとき、何も考えていないのに胸が痛みはじめて、目を覚ますんじゃなかったと思った。自分のなかの混沌やいら立ちはすぐに首うしろに現れる。ここ何日も肉と魚を食べていないせいか猛々しい気持ちにもならない。いくら保健師でも読み取ることはできないだろうが、なにかの折に「さすが保健師!」と言ったら、「マンウォッチングが趣味なのさ」とその人は答えた。「最近は親方の顔が黄色くなりはじめたのが気になってる」死の予言はこわいけど、ちょっと頼もしいし、お金を払うからわたしのことも常に観察していてほしい。そして助言をして。

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