とある店の記憶 2

ある時、銀座でばったり書道の先生に会った。
銀座勤務時代、会社に書道部があって所属していた。

恥ずかしながら書道は小学校の授業ぶりで、賞状の名前書きなどもしていた祖父からは、書道と算盤に通わなかった事を常々嘆かれていた。書道部は先輩のすすめで半ば強制的に入部したのだが、退職して辞め、通信で再開し、面倒くさくて疎遠になり、またご縁があり、今は月2回お教室に通っている。祖父は亡くなったが、さぞ満足している事だろう。

銀座百店という銀座の商店が共同発行して、お店に置いている小冊子があり、その中で岩下尚史先生が「本業以外で師匠を持つことは大事な事」というような事を仰っていて、ハァ、そういうものでしょうかね。と思い、あまり熱心な弟子とはいえないが、なんとなく続けている。

年を重ねると言う事は、経験から自分で判断出来るようになる事も増えるが、人から間違えを指摘される事が減るという事でもあると思う。本業では確実に我が道を行くクソババアに近づいているが、教室ではいくつになっても「ちゃん」付けで呼ばれ、こそばゆいが若返る気持ちがする。

それで銀座でお会いした時は辞めていた時だったか、不真面目に通信をしていた時だったか…先生に時間があるというので、和光のティールームに誘われた。

時計台の付いた本館の裏手、通りを隔てたビルにある和光のティールーム(正式名称はティーサロン)は、上品と格調を兼ね備えた正統派ティールームだった。格式と美しいものが好きで、
お酒を飲まず甘党の先生にはぴったりの場所だ。
ふかふかの座面と広々としたテーブルに、たっぷりとしたポットで供された紅茶。口の広いティーカップに注ぐと華やかな香りが立った。マリー・アントワネットのような気分だったが、突然こういうこともあるのだから、身なりはきちんとしなければ恥ずかしい思いをすると思った事は覚えている。

先生はデパートの中でも和光は特に素晴らしいと言っていた。必ず美しいものがあると。理解が出来なくても、手に入らなくても、美しいものを見ることは重要だと。そして、高価でなくてもいい、その中の何か一つでも手に入れて身近に置く事。そうすることで、段々と美しいもの、価値があるものが近づいてくる。先生は憧れの和光で最初にネクタイピンかカフスボタンを購入したと言っていた。私は和光でイニシャル入りのハンカチを購入した記憶があるが、今、手元にないところをみると、あれは誰かへのプレゼントだったか…先生の教えの前半部分はクリアしたと言えるだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?