とある店の記憶 3

今はどうだか知らないが、レストランというのは下っ端に行く程労働時間が長い。任される仕事が直接の接客でなく、準備と片付けの割合が高いからだ。営業時間のかなり前に来て準備をし、お客さんが帰って片付けをするとそういうことになる。それでもなんとなく勤務後に先輩が待っててくれたり(勤務ではないので手伝ってくれるわけではない)、まだ?とせっつかれたりした。

そもそも拘束時間が長いので、家は寝に帰るだけ、勤務後に飲みに行くと言う事もそれ程多くはなかったが、たまにはそういう事もある。

その日も店を出たのは日付が変わる少し前、飲みに行けば、確実に電車がなくなる時間だった。待っていてくれた先輩と連れ立って歩き、みゆき通りを日比谷方面に、外堀通りを渡って東急プラザ(当時は東芝ビルだったが)を横目に更に進むと、泰明小学校の手前、左側の地下にその店はある。「ラ ボエム」黒い門扉が開かれ、落ち着いた照明が地下への階段を照らしていた。元気に夜を愉しむ事を誘うように、ガーリックが香った。

店内に入ると、広いオープンキッチンを取り囲むように客席が広がっていた。窓のない地下の店は何時だろうと不思議な活気に満ちていた。銀座には終業が遅い人がたくさんいて、終電で帰る人、タクシーで帰る人、始発で帰る人と、遅い時間でも人の出入りがあった。何を食べ、何を話しただろう。恐らくサラダとパスタを頼み、ワインを1本か2本飲み、始発が走る少し前に閉店になり店を出た。

話した内容は忘れてしまったし、時間を共にした先輩とは疎遠になってしまったが、その時間はムダではなかったと思う。

今は後輩がいる立場だが、なんとなく癖で終わるのを待ってしまう。自分が後輩だった時代へのノスタルジーだと思っている。

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