「原発事故に関しては、反原発は加害者」という言説に反論する

えっと、今日、ITOGOさんの、こういう連ツイをツイッター上で見て、ちょっとコメントのやり取りをするに至ったんですけれども。

まあくだらない部分はツイッターで続けるとして、まじめで大きな問題だと思う点についてちょっと論じたいと思います。

ITOさん曰く、

国や東電の「嘘」と、反原発側がついた嘘と、どっちが多かった? 明白でしょう。反原発の言説にどれだけ嘘や誇張、間違い、妄想があったか。

ということなんですけれども。


まず、「反原発側」って誰なんだよと。
具体的に誰を指してるのかわかんなきゃ、その人々がついた嘘の総量評価はしようがなく。

次に「どっちが多い」はいったい何を数えてるんだと。
東電が「メルトダウンは起こっていない」と何ヶ月間も主張し続けたことはいくつ分の嘘になるんだ、という意味でもさっぱりわかりませんし、嘘の個数(回数?)を比べることにどういう意味があるのかもわかりません。

それで「明白だ」って言ってるのは、ITOさんが自論にとっても都合のいい数え方採用してるだけの話なんじゃないの?とわたしは思います。


1. 「国や東電の嘘」

わたし自身はITOさんとほぼ真逆の考えを持っていますから、大部分はそのせいでしょう。

人々の人生に与えた損害の深さで見ても、それらの被害をうけた人の総数で見ても、インフラ、自然環境及び住環境に対するダメージで見ても、それらの修復、再現に必要とされるリソースという損失を見ても、修復・再現不可能な損失で見ても、侵害した権利の深刻さ・被害者の規模で見ても、社会全体や未来へのダメージで見ても。

それらの結果に対する責任の重さという意味でも。

「反原発側」と「国、東電」では、比較にもならないとわたしは認識しています。
圧倒的にです。
仮に「反原発側」を、「原発に反対する立場から意見を公的に表明したことのある全ての人」に設定するとしても、まだ、比較にもなりません。


国と東電は、「メルトダウンはしてない」と言っていました。

途中から少しずつトーンを変えましたが、「してたとしても、格納容器の健全性は保たれている」と6月まで頑なに言い張っていました。

実際には3月15日までのベントや爆発で、もう既に比較対象となる事象が人類史上チェルノブイリしかないようなレベルの放射能が大気に拡散されていたのにも関わらず、です。


木村さんを扱ったNHKスペシャルが1ヶ月後とかの話じゃなかったですっけ?
避難区域に設定されたところから避難してきた人たちが寝泊りしてた集会所で、毎時80マイクロとか120マイクロとか測定されてたやつ。

わたしは2011年の夏にガイガー計をもって本州をずっと旅したんですが、主にその時に養った感覚だと、0.3マイクロのところには子どもに入ってほしくないな、というレベルです。1マイクロだと自分もできるだけ入りたくありません。入ると緊張します。

様々な国際基準と比較しておそらくそれはふつうぐらいです。毎時1マイクロの場所は、大抵どこの国でも人がそこに入っていい時間や条件(飲食など)が制限されます。

場合によってはこれが2マイクロだったり5マイクロだったりするのかもしれません。
それで「1マイクロでビビるのは放射脳だから」とか言われるならまだ理解のしようもあるんですが。

毎時80マイクロや120マイクロというレベルは、現代の科学的コンセンサスに照らせば、病人や妊婦や幼児や老人を含む人々が無防備に寝泊りしていいような線量では絶対にありません。
平時ならばほぼどんな国でも、立ち入り禁止にして厳重に管理します。

そもそもそこにも自力で避難してきた人たちで、木村さんに警告された後は皆それぞれ別の場所へ移っていきました。つまり、教えてさえもらえれば被曝を避けられた人たちも、「そこは危ない」と教えてもらえないがゆえに、かわりに「メルトダウンは起きていない」という嘘や、「ただちに健康被害はない」というレトリックに騙されて被曝し続けた、ということです。
外には濃い放射能のプルームが来ています、危険ですとさえ言われれば家にいた人も、離れ離れの間に余震が来るのが怖くて幼い子どもを連れて水の配給に延々と並んだりしています。

さらに、結果的には幸運なことに核兵器レベルの爆発は起きませんでしたが、その可能性を政府や東電が排除など全くできていなかったことはビデオ会議の記録などから明らかです。同心円状の避難範囲を設定したのも爆発を意識していたからだという説もあります。
事故現場の最高責任者で、事故の現状に関して最も正確で多くの情報を持っていたはずである吉田所長も、「半径50キロ以内には当然誰もいないだろうと思っていた」と後にコメントしています。

半径50キロ以内に残っていた人々のほとんどは、そんな可能性があるなんて全く知らないままだったはずです。もし知っていたら避難した人や家族の一部だけでも避難させた人はたくさんいたはずです。

でも政府と東電は「格納容器の健全性は保たれていて」「ただちに健康被害はない」と言ってたんです。

これらは生存権の深刻な侵害で、人道に対する犯罪だとわたしは認識しています。

これが、「権利の侵害」に関する「政府と東電の嘘」の責任のひとつですが、これはほんの一例に過ぎません。
上で「権利の侵害」以外にわたしが羅列していたいくつもの基準を思い出してください。


2. 反原発の嘘、妄想、間違い、誇張

さて、一方「反原発の嘘、妄想、間違い、誇張」ですが。
これがなかったと言う気はわたしにもありません。そして中には悪質なものもありました。

コロナでマスクを転売して一儲けしようとした人たちがいたように、原発事故で一儲けしようとした人たちも少なからずいました。そしてそういう人たちは、原発の不当性やそこから起こりうる健康被害について、ある事ない事言う傾向が強かった。多かれ少なかれ。

あるいは、「ただちに健康被害はない」と言ってるんだから、と、避難することに家族の十分な同意を得られないでいる人の多くに、「健康被害が発生した」というデマに騙されやすくなる傾向を見たりもしました。

あるいは冷静に、『東電、政府が何を言っていようとこれはメルトダウンしているはずだ』という、世界中の多くの科学者や技術者がたどり着いたとの同じ結論にたどり着き、「それを隠している政府だから、もし核爆発がおきかねないような状況になってもそれについては全く黙っているに違いない。だから慎重に数値をモニターしなくては」と考えているような人もいました。

反原発という明確なイデオロギー認識を持たないまま、不安のあまりデマを共有しようとする人もいました。

専門性の高い分野の話を、感情ベースの感覚的に粗く理解してしまって、誤解や誇張をする人も少なくありませんでした。わからない部分は信じたい人を信じてしまう、という。

SNSのinstant fameに関する理解も乏しいスマホ時代の黎明期の話ですから、なんか勘違いして変な事を言い出すようになる人も少なくありませんでしたし、SNSの議論でよくある引っ込みがつかなくなるドツボにはまって壊れていく人も今よりずっと多くいました。

あるいは、家族を守らなければならないという義務感と、家族との現状リスクに関する解釈の不一致の間で板ばさみになって苦しんでいる人が、「ここでなら」と私的空間で毒を吐いただけのつもりで、会ったこともない他人を傷つけるような事もたくさんあったでしょう。

あるいはその他何らかのストレス解消のために、他人に毒を吐いたり、自分が正しい事を言ってるつもりで人を見下したくて、サディスティックな快楽のためにやってるような人もいたのかもしれません。


とまあ思いつくあたりを片っ端から挙げてみましたけれども。

こういうのを、「格納容器の健全性は保たれている」みたいなのと比べるの?というのが一点。

さらに、この中で反原発特有の要素ってものすごく少ないんだよね、というのが一点。

原発推進側にだって、反差別にだって、ネトウヨにだって、ジャニーズファンにだって、鉄オタにだって、似たような理由でデマを拡散したり、自論に都合のいい事実だけをチェリーピックした机上の空論で人々を誘導しようとしたりして、「嘘や妄想や間違いや誇張」を垂れ流す人たちは多かれ少なかれ出て来ます。

大きな災害や社会問題に関わる話だと、それでストレスを感じている人も、追い詰められている人も、
その話題を安易に利用しようと考える人も爆増します。それでお金をもうけようとする人たちもたくさん集まります。

だから、「反原発」が、「そういう人たちが沢山いるムーブメントだ」というのが事実でも、それは原発事故がもたらしたあまりに圧倒的な損害と損失、そしてそれらにまつわる不公平と不正義を正当化しません。

なのにITOさんは、それらを別個の問題として分けて捉えられていない。
ITOさんにとっては、「そういう人たちに対する憎悪や怒り」が物事の中心にあるのではないでしょうか。
飽くまで都合のいい部分のつまみ食いしかしていないから、所詮他人事だから、原発事故の全体像とろくろく向き合おうとしたこともないまま、「原発事故に関しては、反原発は加害者」なんて言えてしまうのではないでしょうか?

3. 処理水について

ITOさんは、「処理水は環境に流しても全く問題がないレベルのものなのに、放射能について被害妄想の強い連中が反対しているからこんなタンクを作らなければならなくなった」ぐらいに思ってそうなんですけど。

東電は現在、これを現在のタンクに保管されている状態からもう500倍ほど薄めて、1500Bq/l程度にして放出すると言ってるわけなんですが、総量としてはどれぐらいになるか全く見当がついてないわけですよね?それとも地下水の流入って止められたんですか?

1500Bq/lだと、飲料水が全部1500Bq/lになっても、計算上は被曝量は年間0.02mSvだかしか上がらないから問題ないっていう考え方が「問題ない」の根拠になってると思うんですけど。

LNT仮説を否定しないなら、0.02mSvでも増えた分、癌死はきっちり増加するわけですね。より多くの人がこの増加により長い時間さらされるほど、より多くの癌死が増加することになります。                                                               

ですから総量は当然問題になりますし、そもそも「被曝0.02mSv程度の健康被害しか生じない」というのはモデル使って計算した結果でしかありません。トリチウム曝露実験はラットのものしか見たことがありません。人間における実証データはないってことです。

モデリングというものが、どれだけ高度な計算をしてようがパラメーターをひとつ間違えばめっちゃ間違った回答を出すものであることは、コロナの騒ぎで皆さんもうご存知かと思います。

生態系に対する影響も全くわかりません。

ちなみにこれらのモデルや100mSv閾値説を採用して計算すると、原爆の爆発後に広島や長崎の町に入った人や、黒い雨を通じた被曝者たちには大した健康被害が生じないことになります。核実験や、核廃棄物処理場の近くで発生する、旧植民地住民の健康被害なども、異常な増加が観測されても、モデルの計算によるとこんな増加は起こらないはずだから無関係だと、モデルの計算をもって実証データを否定するということが繰り返されてきました。

それと今回の話は別だとしても。
「格納容器の健全性は保たれている」と大嘘を吐き続け、隠蔽に隠蔽を重ねた企業が、「実証データはないけど自分たちの計算によると現在の自然環境における濃度の1500-15000倍(それもまんべんなく薄めることに成功したとして)の汚染水を無制限に環境に放流しても健康被害は起きない(し起きても責任とる気はない)」という主張が通って当たり前、通らないのは一部の人間の頑なな妄想が一方的に全部悪いと思える感覚はとても理解できません。

いいですか。電力会社の前宣伝によると、「放射性物質が原子炉から漏れ出すような事故は起きません。起きても五重の壁があるので漏れない」はずだったんです。そういう話で原発建設に至ったんです。
汚染水自体、発生しない、できるわけがない、絶対にしない、当たり前だなバカかよ科学技術力ナメてんだろ、というのをさんざん言ってきたんです。

なのにITOGOさんは、それが発生したことは何一つ問題にしないで、「だからこれ問題がないって言ってるのに放流させないから溜まっちゃってるだけだろ、それを問題だって思い込むお前らが被害妄想で、原発事故の加害者なんだよ」という事をおっしゃっているように見えてですね。

だからあなたのは感情論なんだってば。その感情論のコアを共有できる人たちだけど共有して自分が正しいと思い込んでるだけで、あんたがやってる事とあんたの嫌いな反原発がやってる事と全ッッ然変わらないのよ、どう見ても!!

と、強く思った次第でありました。

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