ワーニャ伯父さん

 ドライブマイカーを観た。

 音さんと家福のセックスシーンというか、2人で小説を書くシーンから始まる。
 音さんが亡くなるまで小説を書き続けるので音さんとSEXは深く交わる。

 音さんが話した物語は家福と岡田さんを繋げて音さんの伝えたかった事を語りかける。家福に悟らせるようにストーリーが続いていく。

 僕は音が亡くなっていく物語を観ていて家福の事をひどい男だと思った。
 映画の最後で彼が自分の気持ちを素直に話すように自分を守る事しか考えていないように見える。

 彼女の事を愛している、彼女も自分のことを愛していると語りながらも自分のことも彼女の事も見ていない。
 ただ音さんとSEXがしたいだけにしか見えない。
 自分の生活を守るだけで自分の事も音さんの事も分かっていない。

 そんな家福のことを、音さんや岬さん、岡田さんは大切に守ろうとする。
 お互いに救い会おうとする。
 大人の付き合い・素直に自分を見つめる・感情的に自分を示すなど優しさや礼儀正しさ、人間らしさが彼にある事を描いている。
 彼を大切に見守りながら自分と音さんの事を悟らせるのだ。

 家福は自分を見せる事やワーニャを演じる事に苦しんでいるけどその答えをワーニャおじさんの舞台が表現している。

 この映画の世界はワーニャおじさんにあって、ストーリーは家福が音の死と向き合う話だ。
 世界があるからストーリーが生まれる。
 家福の苦しみを救う世界があって、音さんともう一度話をして自分の素直な気持ちを伝えたい想いがある。

 濱口監督は西島さんを撮りながら、本当は周囲にいる人を大切にしたいというのがすごく分かる。当然西島さんも大事にしている。

 音さんや岬さん、岡田さん、手話をする女優夫婦など主人公以上に注目が集まるように撮影されている。言葉もとても説得力がある。

 女性が好きなんだなというのもわかる。音さんもワーニャの舞台に出てくる女性もとても魅力的に撮影されている。

 最後の岬さんのスーパーマーケットでのワンシーン、また物語が始まる香りがしてしかたない。

 この映画のテーマは本当に些細な事だ、大人の男女のすれ違い、音さんに自分の感情をぶつけられなかった。
 岬さんは音さんの生き方を受け止めて欲しいと話すんだけど、家福は生きている人は死んだ人のことをずっと思って生きていくという。

 人間が生きる思いというのは10人いれば10通りの考え方があるのだと気付く。

 もしかしたら、ワーニャおじさんは家福の苦しみを救う、一つの物語を示しているに過ぎない。

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