ルームサービス〜人類の清らかな夢〜
ルームサービスがピザ一択、という潔いホテルに泊まった。サイドディッシュもなく、15種類のピザだけが鮮やかにメニュウ表に描かれている。ホテルの一階に窯焼きピザ屋さんが入っており、その焼きたてのピザを同じ価格でお部屋で楽しめるというのだ。
コンコンという扉を叩く音を待ち侘びながら想像を膨らませる。皺一つないシーツ、磨き上げられた洗面台、良く手入れされた空間。
ぼんやりしていて、忘れかけた頃にあの音が鳴った。扉を開けると正装した女性が銀色のワゴンを携えて立っていた。穏やかに微笑みながら
「お待たせしました」
と映画さながらに大きなお皿をダイニングテーブルへと運んでくれた。重々しく蓋を持ち上げると、そこには洗練された色鮮やかなピッツァがあった。まだ少し湯気が立つくらいの、チーズがとろけているくらいの、焼きたてのピッツァである。
パタンと扉が閉まり、世界から隔てられたような小さな部屋で、焼きたてのピッツァを頬張る。穏やかな会話が始まり、静かな夜が広がる。そこには今この瞬間を満たす全ての要素がありのままに存在していた。
かつて、食べるためにしなければならないことは山ほどあった。畑を耕すところから始まり、苦労して作付けをし、天候に振り回され、やっとの思いで収穫した食物も火起こしをして調理しなければ食べられない。そんな暮らしの中で、彼らはきっとこんなことを夢見ただろう。
「ぼーっとしているだけで食事にありつけたら」
と。部屋から一歩も出ることなく、何の労力も要さずにほかほかのごはんが目の前に現れたらと何度願ったことだろう。
ルームサービスには、そんな人類のささやかな夢と希望が詰まっている。なんて清らかな夢だろう。そしてそれを自ら叶えてしまう実現力。人類は逞しい。
そんなことを思いながら、部屋着のままソファによりかかり、とろとろのピッツァを食べた。ツナやらトマトやらきのこやらが溢れんばかりに盛られている。持ち上げると雪崩のように滑り落ちそうになるのを必死に食い止める。人類の愛すべき、清らかな夢のかけら。モダンに昇華したそのかけらを、その夜心ゆくまで味わったのであった。
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