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読むナビDJ 2:アルゼンチン発コンテンポラリー・フォルクローレの世界 - 過去記事アーカイブ

この文章はDrillSpin(現在公開停止中)というウェブサイトの企画連載「読むナビDJ」に書いた原稿(2012年10月5日公開)を転載したものです。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

“フォルクローレ”と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?

サイモン&ガーファンクルが歌った「コンドルは飛んでいく」の哀愁のメロディ? または、公園や駅前で民族衣装着てケーナやサンポーニャを吹いてる謎の外国人ミュージシャン?

はいはい、もちろん間違いではないですよ。僕もずっと、“フォルクローレ”ってちょっと田舎くさくて垢抜けない音楽だと思ってましたから。アルゼンチンのブエノス・アイレスに行くまでは……。でも、衝撃的に出会ってしまったんですね。かっこよくてオシャレで新しくてクールで現代的な“フォルクローレ”に。

元来、“フォルクローレ”とは民謡を意味するスペイン語なんですが、僕がブエノス・アイレスで出会った新しいフォルクローレは、“フォーキー・ミュージック”というニュアンスが近いかもしれません。ジョニ・ミッチェルやジェイムス・テイラーのようなシンガー・ソングライターが、少し民族色のあるサウンドに乗せて歌うというのが、一番わかりやすい説明でしょうか。しかも、フォーキーな歌モノだけでなく、ジャズやロックやエレクトロニカといったジャンルにも、フォルクローレのテイストが大切に込められ、ここにしかない美しく素晴らしい音楽が展開されていたのです。

というわけで、ここ数年で日本でも注目され始めた、アルゼンチンのコンテンポラリー・フォルクローレの世界をじっくりとお楽しみください。

Aca Seca Trío「Adolorido」

僕が最初に出会ったコンテンポラリー・フォルクローレが、このアカ・セカ・トリオでした。ヴォーカル&ギターのフアン・キンテーロ、キーボードのアンドレス・ベエウサエルト、パーカッションのマリアノ・カンテーロという三人が編み出す、ジャズやネオアコといってもおかしくない複雑かつ洗練されたメロディ、リズム、アレンジ。それなのに、アルゼンチンの風や土の香りがそこはかとなく立ち昇る。あきらかに今までに聴いたことのない音楽でした。彼らはソロやサポート含め、何度もライヴを観ましたが、いずれも伝統と革新が混ざり合う見事なステージでした。

Mariana Baraj「Margarita Y Azucena」

アカ・セカ・トリオの次に衝撃を受けたのが、このマリアナ・バラフです。彼女は、先住民の血を引くエキゾチックな風貌に似合った野性的な歌声が素晴らしいのですが、それと同じくらいサウンドの斬新さに圧倒されました。例えば、僕が初めてライヴを観た時は、自身が叩くパーカッションをメインに、バックを先鋭的なフリー・ジャズのミュージシャンで固めていました。その後、エレクトロニカやロックなど様々なサウンドと土着的なフォルクローレの合体を追求していくのですが、根本に力強い歌があるため、サウンドがどう変わろうともまったくブレを感じさせません。

Liliana Herrero「Confesión Del Viento」

マリアナ・バラフに強くオススメされたシンガーが、リリアナ・エレーロです。彼女は大学で哲学クラスの教鞭を執るインテリでありながら、アルゼンチンが誇る世界的な歌手メルセデス・ソーサの後継者と言われるほどの実力派シンガー。ダミ声で情念を込めて歌う姿は迫力があり、ジャンルに捕らわれず多彩なミュージシャンを起用するなど、自由度の高いフォルクローレを作り続けています。2006年にはシンガー・ソングライターの鈴木亜紀さんが発起人となり、来日公演も行われました。ちなみにこの曲には、アカ・セカ・トリオのパーカッション奏者であるマリアノ・カンテーロがサポートしています。

Nora Sarmoria「Merval」

リリアナ・エレーロのサポートをしていたことのあるノラ・サルモリアも、非常に個性的なシンガーです。現代音楽やブラジル音楽に影響を受けた超絶技巧のピアノ、宇宙空間を舞うような自由奔放なスキャット、牧歌性と前衛が混じりあった不思議なメロディを聴いていると、ケイト・ブッシュ、タニア・マリア、矢野顕子といったコケティッシュで小悪魔的な才女たちを思い浮かべます。すごく斬新ではあるのですが、どこかほのぼのしているところも魅力的です。彼女はソロだけでなく、マリンバとのデュオや、オーケストラ編成のグループなどでもアルバムを作っており、いずれも才気溢れる見事な作品ばかりです。

Luz De Agua「No Era Necesario」

こういったジャンルにとらわれないフォルクローレのクリエイターの筆頭に挙げたいのが、来日公演も話題なったカルロス・アギーレです。彼のことは前回の記事「静かなる音楽」で紹介済みですので、ここではアギーレとの交流も深いルス・デ・アグアの3人を。ピアノのセバスティアン・マッキ、ギターのクラウディオ・ボルサニ、ベースのフェルナンド・シルバが集まって制作したアルバム『ルス・デ・アグア』は、パラナという地方都市が生んだ詩人フアン・L・オルティスの言葉に曲をつけるというコンセプト作品ですが、これが本当に素晴らしい。自然や人間の営みの美しさを音楽に置き換えるのがフォルクローレの魅力だとしたら、まさにこのアルバムのことではないでしょうか。

Willy González「El Avenido」

コンテンポラリー・フォルクローレは、ヴォーカル曲だけではありません。楽器主体のインストも数多く作られています。ブエノス・アイレスという街は何軒もジャズ・クラブがあるくらいジャズが盛んなのですが、その多くのミュージシャンはフォルクローレをジャズに取り入れて、アルゼンチンならではのジャズを生み出しています。6弦ベースを駆使してフォルクローレの世界を表現するウィリー・ゴンサレスもそんなひとり。彼はもともとロック畑のプレイヤーでしたが、徐々にインプロヴィゼーションやセッションで名を上げていきました。この曲は歌手ミカエラ・ビータとのデュオですが、ヴォーカルと対等に渡り合う技巧的なベース・プレイに圧倒されます。

Lisandro Aristimuño「Me Hice Cargo De Tu Luz」

フォルクローレはジャズだけでなく、ロック・シーンにも多大な影響を与えています。アルゼンチン・ロックは60年代末から盛んになりましたが、その黎明期からすでにフォルクローレ・ロックのような音楽が確立されていました。最近は、USやUKのアンダーグラウンド・シーンなども意識したサウンドとフォルクローレの融合なども目立ちますが、その筆頭にあげたいのがリサンドロ・アリスティムーニョ。レディオヘッドがフォルクローレを演奏したらこうなるのではと思えるほど、内省的かつ激情的な音楽を展開するシンガー・ソングライターです。この曲が入ったアルバム『39°』には、マリアナ・バラフやリリアナ・エレーロも参加しています。

Beatriz Pichi Malen「Canción Para Dormir A Un Niño」

ヨーロッパ系移民が多いアルゼンチンですが、実は先住民族も数多く存在しています。南部パタゴニア地方の代表的な先住民マプチェ族は、非常に興味深い音楽を持っているのが特徴。いわゆるアンデス系のフォルクローレとは一風変わった不思議なメロディ、そして聞き慣れないマプチェ語の響き。そういった古来より伝わる伝統音楽をアップデートし、新しい音楽として提示してくれるシンガーが、ベアトリス・ピチ・マレンです。シンセサイザーやパーカッションを効果的に使った雄大なサウンドや、詩の朗読や自然音などを演出に使うなど、なかなか触れる機会の少ないマプチェの世界観をわかりやすく教えてくれます。

Tonolec「Antiguos Dueños De Las Flechas (Indio Toba)」

北部のチャコ州も、少数民族が多く住む地域のひとつ。そのなかのトバ族に焦点を当てて、トバのフォルクローレを歌うグループがトノレクです。ヴォーカルのチャロ・ボガリンと、サウンド・クリエイターのディエゴ・ペレスによるデュオですが、単に伝統的な音楽をやるわけではありません。トバ語の古い民謡を大胆に解体し、プログラミング主体で作られたダンス・ビートに乗せて再構築するという異色の作風。しかも、ヴォーカルのチャロの奇抜なファッションの効果もあり、とても幻惑的な印象を残してくれます。いわば、きゃりーぱみゅぱみゅがアイヌ民謡を歌うようなイメージだと思っていただいても、間違いではないでしょう。

Gustavo Santaolalla「De Ushuaia A La Quiaca」

フォルクローレには様々な楽器が使われますが、その代表的なものがチャランゴ。ウクレレやマンドリン、ブラジルのカヴァキーニョなどに似た小さな弦楽器で、ギターのように爪弾いたり、かき鳴らして打楽器の代わりにしたりと、その使い方は様々。フアネスをはじめラテン・ロックのプロデュースで名を挙げたグスタボ・サンタオラージャも、このチャランゴに魅せられたミュージシャンのひとり。彼が弾くのはロンロコと呼ばれる少し大きめのボディを持つチャランゴで、繊細な奏法を自己流で編み出し、美しい楽曲を作っています。この曲は、映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』でも効果的に使われて評価され、その後二年連続でアカデミー作曲賞を受賞するという快挙をモノにするきっかけとなりました。


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