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(忍殺二次創作)【ナイトメア・オブ・カワイイ・イン・ザ・クローゼット】前編

0と1の織り成す銀色の浜辺。暗い海が打ち寄せる波の音が静かに聞こえる。焚き火を囲むのは2人。1人は、赤い髪の痩せた女。1人は銀色の影めいた男。双方とも、ニンジャ装束に身を包んでいる。互いに、押し黙っている。女は睨み、男は目を伏せている。

黄金立方体が空に浮かび、ゆっくりと自転している。先に口を開いたのは女だった。「いいか。アンタがあのクソ女の言いなりにならなきゃ、こんなマヌケなことにはならなかった」「マヌケ?」心外だ、とでも言いたげに男は女を見た。「それ以外の何なンだよ」アイラインに縁取られた眼差しが鋭く男を射抜く。

「アー……その悪かったとは思ってる。君のスタイル、そうスタイルとは違ったよな。悪い」女はじっと男を睨む。「でも、俺たちにはカネがいる。寝床もタダじゃないのは分かるだろ?」「お前が財布をスられなきゃよかった話だろ!追っかけてブッ飛ばせよ!」女はしかめ面で吼えたてる。男はがっくりと項垂れる。

「いいか?お前が持ってきた話だからお前がケジメ」「ハイ」「それでこの胸クソ悪い場所からさっさとアタシを解放しろ」「……ハイ」「あと、カネはブンどる」「うーん……ハイ」「返事!」「ハイ!」女は砂を思い切り蹴り上げ、叫んだ。「ファック!さっさと終わらせろよ!」01001011011101……『みなさん、オハヨ!今日もご奉仕、ガンバロ!』

館内放送のマイコ音声が朝を告げる。黒いショートボブの女が、億劫そうに目を開け、辺りを見回す。大部屋には天蓋付きのベッドと、小さなキャビネットのセットがいくつも並んでいる。そこには、彼女と同じような年頃の娘たちが、目覚め、身支度を行い始めていた。彼女ものろのろと起き上がり、共用の洗面台へと向かう。

顔を洗うと、黒いアイラインを引き、鏡の向こうの自分へ挨拶をした。「……オハヨ」日課ではあるが、元気はない。永久脱毛済の眉毛に代わる、イバラめいたタトゥーはぐっと下がっている。「エーリアス=サン、オハヨ!なんか元気ないね。ダイジョブ?」そんな彼女を、シアンブルーの髪の少女が気遣う。

「ダイジョブ、ダイジョブ。ありがとな」エーリアスと呼ばれた女は、ぎこちなく笑って、洗面台からそそくさと離れていく。そして、自分のベッドに戻ると、天蓋を構成するポールに掛けられた自分の仕事着を見上げ、大きなため息を一つついた。

PVC素材のミニ・ナース服に、懐古趣味のクラシックなメイド服、サイバーのエッセンスが加えられた和装ゴシックドレス、それから大胆なスリットの入った真紅のチャイナ・ドレス。エーリアスは顔をしかめながらしばらく悩み、やがて渋々和装ゴシックドレスを手に取った。

もそもそと着替えを済ませ、もう一度洗面台で身だしなみを整える。黒髪は風もないのに揺らめき、不満げに赤い波紋を数度走らせた。「これはビズ。割り切るしかないだろ」エーリアスは軽く頬を叩き、キアイを入れた。しかし、それは長続きせず、がっくりとうなだれた。「ハア……ネオサイタマいい加減にしろよ……」

【ナイトメア・オブ・カワイイ・イン・ザ・クローゼット】前編

「アー……あンたがサナミ=サン?」流行りのオーガニック・カフェ「ヤナギ」で戸惑い気味に言うのは、痩せて小柄な体躯の女。眉毛の代わりのイバラめいたタトゥーは、困惑気味にひそめられている。黒革のテックジャケットの下は、赤いPVCのブラトップ。黒革のミニ・ボトムからはすらりとした脚がのぞく。

相対しているのは、高級そうなストライプのスーツを着た若い男であった。「ドーモ。サナミです。エート……」「ドーモ。エーリアス・ディクタスです。エーリアスでいいよ」赤いリップの唇は緊張したように引き結ばれている。サナミはスタイリッシュなサイバーサングラスの奥から、値踏みするようにエーリアスを眺めた。

しばらく沈黙があり、サナミは軽薄な笑顔を浮かべた。「ターシャ=サンから話は聞いています。合格ですよ。明日からお店、来てもらいましょう」「エ?マジ?……その、他にも何か」「我々の店はシンプルです。大切なのはスタイル。そして、あなたはそれに足るだけのスタイルを持っている。それだけです。」サナミは笑みを貼り付けたまま言った。「諸々の案内はIRCで送信しますね。では、これで」

エーリアスは足早に店を出たサナミを見送り、IRC携帯端末に短いノーツを入力した。| ファーストミッション・クリア | 。送り先はターシャこと、ハッカーのナンシー=リー。タイムラグを感じさせない華麗な速度で、次なるミッションの詳細が即座に返信される。エーリアスは一通り目を通すと、チャをすすり、ぼんやり遠くを見つめた。

今回彼女が請け負うことになったのは、カネモチ・ディストリクトに存在する5階建ての会員制超大型複合クラブ「モノミダイ」への潜入ミッションだ。フロアごとにテイストの異なるこのクラブは、瞬く間にネオサイタマの若者たち憧れの場所となったが、最近、ひっそりと不気味な噂が流れ始めている。

従業員が突然消える。「モノミダイ」の従業員はみな若い女性である。最先端の衣装でフロアを行き来する彼女らはトレンドの担い手でもあるのだが、そうした少女たちがある日忽然と居なくなるのだそうだ。それは存在しないはずの6階でジゴクめいた労働に従事するためだとか、キョート共和国の高官へとオイランとして輸出されるためだとか、たわいも無い怪談として語られている。

小規模カルトやオカルトマニアの間で語られる類の与太話だったが、それに目をつけられたのがジャーナリストでもあるナンシーだった。実際、種々のデータをサルベージした結果、不規則な間隔で従業員が「退職」していることが判明した。この裏には何かがある。そう感じたナンシーは、今月3回目のスリ被害に遭って途方に暮れていたエーリアスに潜入を依頼したのだった。

家賃滞納で住処を追い出されたエーリアスは高い報酬に飛びついた。寮があり、衣食住が保証されるうえ、ミッションさえこなせばカネが手に入る。エーリアスはニンジャであり、加えてナンシーの強力なバックアップがある。エーリアスは怒れるニューロンの同居者を何とか説得し、ナンシーの指示通りエージェントと接触。無事に「モノミダイ」での職を得た。これが1週間前の話である。

浮ついた若者たちに混じって働くのは少々肩身が狭いものの、ヤワなカネモチの若者や腰抜けのパンクスもどきに愛想を振りまかなければいけないことに目を瞑れば簡単なビズだ。盛り上がるフロアを行き来し、給仕の合間に情報を収集し、IRC携帯端末でデータをナンシーに送信する。

「モノミダイ」は透明エレベーターを中心に、クラブエリア、スタッフエリアが広がる構造をしている。スタッフエリアには強化アクリルのロッカーが並び、フロアごとにテイストの統一された衣装が収められている。無名有名問わず、才能あるデザイナーの数多の作品が、従業員の制服であることも「モノミダイ」の魅力であった。

一定時間ごとに衣装替えをする手間はあるものの、労働環境としては間違いなく最高の部類だった。しかし、平穏なバイト生活も突然に終わった。ナンシーから待機を指示され、働く片手間で内部の情報を集めるエーリアスの元に連絡が届いたのは昨日のことだ。簡潔なメッセージに、思わず顔を覆い、軽率に仕事を受けたことを後悔した。

| ニンジャ関係事案 |。短い文章は即座に音声通話へと切り替わった。『面倒なことになったわ』「そんな気はしてた。その面倒は今すぐか?」「モノミダイ」4階のスタッフルームで、エーリアスはこっそり応答した。側から見ると、空想のオバケと会話するユーレイ・ゴスにしか見えない。『ええ。正確には、もっと面倒にする。セキュリティを掌握するから、貴方は別のフロアへ』「ナンデ?」

エーリアスは動揺した。『プラン変更よ。悪役を倒すのがヒーローってこと。もちろん貴方も』「アー、俺はカラテが……」『知ってる。貴方に期待するのは、別のこと。マップを送るからチェックポイントでまた』突然通信は途絶え、IRC携帯端末がデータを受信した。ワイヤーフレームで表示された建物には、赤い点が3つ点滅している。それがチェックポイントだろう。彼女はひとまず、一番近い5階へと向かうため、スタッフルームに入った。

数分後。PVC素材の真っ赤なミニ・ナース服を纏ったエーリアスは、DJブースから離れた壁際に立っていた。カワイイ・メディカルをコンセプトとしたこのフロアでは、医療従事者めいた最先端の衣装で男女が非人間的リズムを楽しんでいる。『見つけた。よく似合ってる』唐突に音声通話が始まる。「お世辞は良いよ。今どこまで行った?」『カメラは押さえたところ。あともう少しね……ねえ、良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?』

サイバー医者気取りのヨタモノをあしらいながら、エーリアスは渋面で答える。「じゃあ、良いニュース」『ニンジャスレイヤー=サンが来るわ。別口からたどり着いたみたい。思ったより敵も大物ね』「そりゃ心強いな。で、悪いニュースは」『ネットワークから遮断されたエリアを見つけた。そして、貴方のミッションはそこへの侵入と、時間稼ぎに変わったの』

「俺荒っぽいこと嫌いな方なんだけど……」そう呟きながら、エーリアスはスタッフルームへと向かう。視界にバウンサーを捉えたからだ。フロアごと数人配置された彼らはクローンヤクザだ。なるべく見つかりたくない相手でもある。「なあ、このタイムラグって計算に入ってる?」19世紀を彷彿とさせるクラシカルなメイド・ワンピースに着替えながら、そうナンシーに問いかける。

「面倒だけどさ、やらないとムラハチにされるらしいし」『多少考慮はしてるけれど、急いだ方がいいわね。奴ら、貴方を捕捉したみたい』同時にIRC携帯端末に、監視カメラの映像が映し出される。クローンヤクザが何かを探して、フロアやスタッフルームを歩き回る様子だ。「ここから形成逆転ってコトか。ま、やるだけやるよ」エーリアスは軽くジャンプをする。携帯端末の画面では、第2のチェックポイントが赤く明滅していた。

(つづく)

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祭りに乗り遅れたので前編だけ!ケジメします!

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