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【小説】スーパー家政婦ハル

そいつは突然うちに来た。しかも着払いで。
 『スーパー家政婦ハル』
 伝票の品物名にはそう記載されていた。
 テクノロジーが発達しまくった結果、日本の都市部では一家に一台アンドロイド、が当たり前の時代となった。
 アンドロイドは、住民票を元にシステムで管理されており、各家庭に最低一台の基準を満たしていない場合、最初の一台は無償で国から送られてくる仕組みになっている。
 まだ引越ししたてで、転居に伴う役所の手続きを終えてない俺のところに今送られてくるのはおかしいはずだが。
 まあいいか。特に気にしないでおこう。早めにくる分には特に問題はない。
 とりあえず箱を開けてみる。梱包材でギチギチに固定されて、アンドロイドは体育座りのような形で入っていた。家政婦のアンドロイドは、メジャーな型は女性が多く出回っていると聞いたことがあるが、ハルは男性デザインのようだ。電源ボタンをオンにすると、彼はゆっくりと立ち上がり、プログラムされた通りに微笑みを作り、喉の奥のスピーカーから音声を流した。
「はじめまして、私はハルと申します。あなたの家政婦を務めさせていただきます」

 ハルはその名の通り、スーパーな家政婦アンドロイドだった。実家にいたときには特にアンドロイドのありがたみを感じなかったが、家事から年末調整やら何から何まで俺の代わりにやってくれるので、一人暮らしが全然苦に感じなかった。
 俺がアイス食べたいというと、買い出しにもいってくれるし、食べ終わったのを確認するとさりげなく近づいてきて、口で遊ばせているアイスの棒をつまみ上げてゴミ箱まで捨てに行く。なんだこいつは。過保護すぎる母ちゃんか。
 最初はそんな感じで、気が回りすぎていて逆に気が疲れていた。そんな時に俺が困った顔をすると、表情認識で反応しているのか、どうしましたか、とハルも困り顔になってなんとも言えない空気になる。お前のそういう機能(ところ)だぞ、と言い返したいところだが、そう返したところでアンドロイド相手に指摘するのも癪だったのでいつも別に、と言って終わらせていた。
 AI搭載の為、日常会話程度だったらコミュニケーションがとれる。が、微妙なニュアンスやネットミームなどの特有な言葉には非対応なのか、ぱたりと会話が途切れてしまう。家政婦にそこまでのニーズは求められていないのか。家に篭りがちな俺は、いい話し相手になるかとちょっと期待したがその点は悲しかった。
 ネットの動画配信サービスで米国のアクション映画を見ていた時のこと。序盤主人公とヒロインがバーで落ち合い、カウンターでバーテンダーが目の前にいるにもかかわらず熱いキスを交わす、そういうシーンが苦手だった俺は無意識に苦い顔をしていたらしくハルがどうかなさいましたか、と声をかけてきた。
 こういうのってお前どう思う? モニター画面を指差して、ハルに聞いてみた。ちゃんとした答えが返ってくるとは微塵も思っていなかったが。ハルは、数秒映像を観た後
「すみません、よくわかりません」
 回答できない時のパターンで返してきた。まあそうだよな。知ってた。
 ここで俺はふと思い出した。そういえばAIって学習するんだよな……? 少しの好奇心から、俺がいない時とか、これ勝手に操作して動画観てていいから。そう伝えてみた。ハルはかしこまりました、とだけ言い、自分の作業に戻った。まあ、既製品のアンドロイドが今更学習するわけないよな。その時はそう思っていた。


 あっという間に月日は流れ、私は老人となった。人生なんとなくでこれまで生きてきたため、パートナーというべき人は作らなかった。私は生涯を結果的に大半をハルと共に過ごしてきた。
 最近は明確に死が近づいてきているのを感じる。いくら医療技術が発達しているとはいえ、不死の薬までは開発されていないが、今や国民の死因のトップは老衰となっているほど、治療技術は向上している。
 ハルはというと、損傷した身体のパーツを替えながら、時々コア部分をアップデートしながら、ほとんど変わらぬ見た目でこれまで稼働している。
 私は誰かしらに愛されてる、いや、愛されていたのだろうか。余命幾ばくか、というところにきて今更ながら、人恋しさが押し寄せ、その度に胸が冷たくなる。
 すまないな、ハル。私はもう君の面倒を見てやれないし、君に世話になってばかりだ。
 私はもう長くは持たない。

「ご主人……」

 アンドロイドのとあるロックが解除された。

 ハルには『死』というデータが組み込まれていなかった。そもそも、彼は家政婦アンドロイドの一つに過ぎない。家事全般の日常的な作業への技術は数えきれない程搭載されていても、生死という概念を教えられたところで、皿洗いには全く役に立たないものだ。

 日本政府は、諸外国、自然災害の恐怖から国民を保護すべく秘密裏にある計画を数十年かけて実行していた。
 それは、日本中の各家庭に防衛のための兵器を配置することだった。
 家庭に一台アンドロイド、という政府の推進運動は人々の生活をより豊かに、というのは名目上であり、真の目的は日本全国の各家庭に防衛兵器を忍び込ませることであった。
 普段生活する分には絶対に起動することはないが、非常事態には国の管理者アクセスから防衛プロトコルを実行することで防衛モードに切り替わるシステムになっている。

 アンドロイドが、この機能のロックを自己解除し、よもや実行するところまで想定されていなかった。
 一体のアンドロイドは、防衛プログラムに独自の処理を書き換え、自己を中心として半径三百メートル四方に核爆発にも耐えうるレベルの防御壁を構築した。
 そして六度の世界大戦を耐え抜き、外界から内側の安全を確保し続けた。
 世界が滅亡しようとも、一体のアンドロイドと一人の人間だけはそこにあり続けた。


お題小説の一篇
追記 カクヨムにも転載してみました。

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