ぼくと水タバコ

水タバコを経験したことがない。
私は喫煙者であるが、最近流行りの水タバコというのは器材がなんというか…拷問器具のように見え敬遠しているのだ。
しかし「一度くらいは」程度の興味があることと決定的な出来事があり、機会にも恵まれて今回水タバコ屋さんに足を運ぶこととなった。

水タバコ屋さんの前では今回同席してくれるvtuberの星野ファーヴィーさんが手を上げて待っていた。
私は月に一度モー点という大喜利配信に参加しており、その際に星野ファーヴィーさんと縁を持つこととなった。

さて、ついでなので前述した「決定的な出来事」について話すこととしよう。
モー点の主催はモーリョーさんという方であり、オモローに貪欲なあまり定期的に大喜利を開催するほどだったのだがいつからか麻雀に肩までハマってしまい大喜利にも影響するようになった。

「では、こんな忍者は嫌だ」
「はい、モーリョー」
「それではモーリョーさん。『こんな忍者は嫌だ』」
「唐揚げに、レモンをかけてしまうんだ!リーチリーチ!キャーーー」
「………」
「おい!笑えよ!(机を叩く)」

定期的に参加していたモー点もこれまでか…。
そう思った矢先、モーリョーさんの様子が変わった。

「では、モーリョーさん。『安全第一あるあるを教えてください』」
「テニスのオンジさま、だ!!」
「ハハハ!おもしろすぎるタイ!」

ー配信終了後ー
「モーリョーさん、今日滅茶苦茶調子良かったね。なんか気持ちも穏やかそうだし」
「ンー。水タバコカナー」
「水タバコ?」
「先日大喜利に呼ばれた際に会った星野ファーヴィーさんに教えてもらってネ。水タバコに行ったんだ。腰ももう平気だよ」
「そりゃすごい…」
「もちさんにも紹介するよ。星野さん」

モーリョーさんは憑き物が落ちたようであった。
あれほどまでに調子が良くなるのであれば私も…と思い今日に至る。

池袋の路地裏にある雑居ビルの細い階段を星野さんと上っていくと4階に水タバコ屋さんはあった。

薄暗い店内に入るとすぐ右手にカウンターがあり、初老の男性がスポーツ新聞を読みながら気だるげに「いらっしゃい」とだけ言う。
星野さんは手慣れた様子でチケットのようなものを男性に手渡すと、男性は「通れ」というように顎で店の奥を指した。
そのまま奥へ行くと、そこはロッカールームとなっていた。
星野さんは「よしよし」と言うと服を脱ぎ、腰にタオル一枚の姿となった。
「あれ?もちさんは?」と声をかけられるが、やはりロッカールームに向かう中で目にした様々な器具の様相に怖気づいてしまい「まずは…見学を…」と茶を濁す。
「そうですか。見たらば絶対やりたくなりますよ!」

ロッキングチェアというのだろうか、木製の椅子に星野さんは先程の格好のまま腰掛ける。
するとカウンターにいた男性がキャンプ用のランタンに多数の管が付いたような器材を持ってきて手渡す。

「いやあ。エグいね!」星野さんはそう言うと管の中から1本を掴み、そのまま自身の耳に突き刺した。
突然のことに驚き「えっ」と声を上げてしまう。
「もちさん!大丈夫だよ!蚊に刺されたときって痛くないでしょ!あの成分のやつだから!」
恐らく耳が聞こえないことでか適切よりも大きな声で星野さんは喋る。
そしてもう片方の耳にも別の管を突き刺した。

「あー!あー!店長〜店長〜!」

そう叫ぶと店の男性がグラグラと煮えた液体の入った容器を持ってくる。そしてそのままそれをランタンのようなものの中にガバっと入れた。

「あー!あー!あ、あ、あ〜、あ〜……」

星野さんの息が徐々に整っていき大人しくなる。
なるほど。「水タバコはいい」というのはこのようにリラックスできるところなのかな?と思いふけると突然

「あーーーーー!!ごめんなさい!ごめんなさい!!ママ!ごめん!!あーーーーーーー!!」

と星野さんが叫び始めた。不思議なのは身体は完全に弛緩しており、口だけが鯉のようにバクバク動いている。

「エーーーー!!エーーーー!!エーーーー!!エー………………」

するとまた急に星野さんは静かになった。先程の息が整った様子とは異なり、完全に身体の動きが停止したのだ。

「あの…これ…大丈夫ですか……?」
私が店主の方に声をかけたタイミングとほぼ同時にシューーーーー!!と音がした。
星野さんの身体の穴という穴から白煙が上っている。
「ああ、これか」インターネットで見た水タバコの様子と全く同じだ。まさかこんなプロセスがあるとは思ってもいなかったが。

しばらくして白煙が収まると星野さんが目を開け、顔面も弛緩しているからかだらしない表情、口で笑う。
「じゃあ…その…分かったので、私はこれで…」
そう声をかけるも星野さんの目は私を捉えておらず
「まンだ!まンだ!」と言い、ランタン用の液体の残りに手を伸ばし、そのまま自身でランタンへ大量の液体を注いだ。

「あーーーーーーーーーー!!!!!」

先程と異なり星野さんは白煙を撒き散らしながら叫び声を上げる。まるで人でなしの四肢の動きからこれはまずいと思うも、生理的嫌悪感からか近づくことができない。

「オッ。オッオッオッオッオッ……」

何分経っただろうか。もしかしたら数秒であったかもしれないが、星野さんの動きが止まる。

「ほ…星野さん……?」

ぶりっ

おかしな音がした

ぶりりり

星野さんの首が傾いて

ぶりりりりり

落ちた。

圧力鍋で煮た肉のように繊維がほぐれ、重さで自壊していく。その人間にあるまじきけったいな、けったいな様子をただただ見ていた。

「あら。器械が壊れちまった。今日は店じまいだな。兄ちゃん、別の日に来てくれ」
店の男性がそう言うので「はい」とだけ答え、店をあとにした。

外に出て、用もなくなった池袋の路地裏を歩き、人のいる方へ走って、走って走って走って逃げた。


翌月モーリョーさんは姿を表さなかった。
「モーリョーさん、また麻雀にハマってしまったのかねえ」
「ろくでなしってのは治らないもんだなあ。あ。そういえばもちさんタバコ吸うじゃん?水タバコって吸ったことある?この前コラボした人に勧められて…」

ぼくはまだ、水タバコを経験したことがない。

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