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15ヶ月家出した猫①

2016年晩秋 歓迎できない白猫

その白猫はタバサが天に召された1ヶ月後、我が家にやってきた。キジトラだったタバサに比べると、ベースが白く、なんだかぼんやり締まらない猫に見えた。そして、小さくもなく愛嬌もなく、かわいいとも思えなかった。
16年タバサと暮らした。ラスト半年は壮絶な闘病だった。もう階段が登れないのに、私の後を必死についてくるタバサ、腹水を二日に1回は抜かなくてはならず、残業後の深夜、病院に通った。食べることが大好きで、缶詰を開ける音がすると、それがトマトでもなめこでも、にゃーにゃー大騒ぎする子だった。

タバサがいなくなったあと、夫から、先輩が猫を保護したから飼わないかといわれていると言われ、私は全力で拒絶した。タバサ以外の猫と暮らす日常はあり得なかった。
なのに、数日後、夫は白猫を連れて帰ってきたのだ。泣きながら責める私を見て、夫は「わかった、会社で飼うから」と静かに言い、翌朝、本当に白猫を連れて行った。

夫は週末も、土日のどちらかは、ご飯の確認とトイレの掃除のために、40分ほどかけて会社に行った。私は何も聞かなかったし、もう関係ないと思っていた。
そして年末がやってきた。「正月だけ、猫を連れて帰ってきてもいい?」と夫から話されたとき、「まぁ、そうだよな」と思った。「分かった、仕事始まりになったら、ちゃんと会社に連れて行ってよね」と念を押し、正月だけは、白猫と暮らすことになった。

これが家出する数日前の白猫(岩下)


2017年冬 岩下志麻に似てない?

久々に対面した白猫は、まだ、当時の私にとって、愛せる存在ではなかった。いま振り返ると、ひどい人間だなと思う。白猫はしばらく、階段の踊り場のカーテン裏を定位置にしていた。夫が時折なでると、応じる場合と、シャーシャー怒る場合があり、まだ完全に慣れてはいないことがわかった。白猫と出会って2か月が過ぎた。

正月が終わり、会社が始まっても、夫は白猫を職場に連れて行かなかった。「話が違う」と責める私に、「もう少しだけ、いっしょに暮してみて」と夫は言った。納得はできなかったが、毎日この件で話し合うことに疲れ、私は白猫をいないものとして暮らした。「『ゆず』という名前にした」と夫から聞いたときも、「ふーん」としか反応しなかった。

1か月、2か月して、本当に少しずつ少しずつ、自分の気持ちが軟化していっていることに気がついていた。夫ともたまに白猫について話すことが増えた。「あの猫、白に濃いグレーの模様がついた、着物を着ているみたい、『極道の妻たち』の岩下志麻が来てそうな(※注 まったくのイメージです)」その日から、私は陰で『岩下』と呼ぶようになった。

当時の定位置カーテン裏。手を伸ばすとシャーシャーすごかった


2017年春 夫に隠れて親密に

4月が半ば過ぎたころ、私は夫に隠れて、岩下と遊ぶようになった。夜中、こっそり、いりこを食べさせたり、少しずつ距離を縮めていた。岩下もカリカリ以外の食事をくれる私に、急速に慣れ、だんだん撫でられるようになった。そして、気がついたら、夫よりも先に抱っこできるほど、私と岩下は仲良くなっていた。

ある日曜日、無意識に岩下を抱っこしながらリビングに入ったとき、夫は言葉を失っていた。まだ、夫は抱っこできるほど、岩下に慣れていなかったのだ。内心「やば」と思いつつ、私は、無表情で岩下を床に降ろした。そこからは、もう隠す必要もなく、夫婦2人と岩下の暮らしが始まった。

タバサと岩下は何もかも違った。グルメだったタバサに比べると、食に興味なし。階段の途中にあるご飯を、通りがかったときに、少しつまむ程度。ただし、トイレに関しては、一度も粗相がない不思議。タバサは顔面に模様があったから、そこまで分からなかったけど、岩下の顔は白いので、目の表情がくっきりとしていて、そこも新鮮だった。

だいぶ、私の前ではくつろぐようになっていた


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