2021年の手稿を元に
二列シートの特急で樟葉に向かう。
Hello againを聴いている。あの頃はどんな曲を聞いていたかあまり思い出せない。車窓からは田舎の町という感じを受ける。俺の地元を散々コケにしていた割に似たようなものだった。
初めて降りた駅のクリーム色の壁が、東京の駅より低めの天井が、すれ違う人の訛りが、俺の知らない場所に来たことを強く感じさせた。
「伏見稲荷は学校から割と近かったんですよ、帰る時にはよく寄ってました。」という、いつ聞いたかも定かではない言葉を、階段を降りながら思い出した。
ポエムノール北山行のバスに乗る。何個目かのバス停でおりて、ローソンでキャスター5mgを買った。彼女が吸っていた煙草だからだ。一日の最初に吸うと朝も昼もいらなくなるんですよね、おすすめですと笑いながら座卓でPSO2をやっていた背中を思い出す。変な人だった。
普通に不健康だな、と思ったので生姜を入れて温かいうどんを作ったが、食べたくないと言われたのでおとなしく自分で食べた。
牧野のマクドナルドに行った。朝までゲームをやった日は絶対にここで朝マックを買うのだと言っていた。この街で暮らしていた頃はダークソウルのタイムアタックに精を出していたはずだ。本当に変な人だった。
そうしてしばらくふらりと見て回ったあなたの町は、京都らしくも、大阪らしくもない、山間の住宅地だった。ところどころ朽ちた家も散見されて、曇り空だったのも手伝ってどこか寂しさを覚えた反面、子どもがいるエリアは賑やかであった。
彼女は1年生の秋学期頃に学部で知り合った年上の同期だった。地元の専門で学んだあと、就職が嫌だからという理由で東京に出てきたと言っていた。隣同士で英会話をする授業と、漢文を読む授業が一緒だった。偶然隣になった毎週の英会話と、漢文の授業で居眠りする後ろ姿が楽しみになるのに時間はかからなかった。
好きなゲームが同じだったことをきっかけによく遊ぶようになった。
オンラインでも遊んでいたし、たまに彼女の家でムジュラの仮面をやってるのをぼーっと見ていたり漫画を読んだりした。ヒミズとレベルEと手塚治虫の短編が特に面白かった。とにかく蔵書が豊富だったので、俺の漫画IQは彼女の家で鰻登りに成長した。
惚れていなかった、と断言できるほど浮ついた気持ちがなかったといえば噓になる。向こうが何の気持ちも持っていなかったのだけは確実にわかる。
そのうちにサークルの方が楽しくなってしまい、授業以外で彼女と会うことは段々少なくなっていった。
俺が何も知らない童貞であったことが功を奏し、第三者には友達と断言できる距離感のまま2年の月日が経過した。俺に恋人が出来たことをそれとなく伝えたら、じゃあもうこういうのやめたほうがいいですかねえ……というぼんやりした言葉が返ってきた。ちなみにこの3点リーダーは彼女が残念がっている様子ではなく、音ゲーの練習に熱中していたから返事が曖昧だった様子を指している。
ただし、それを最後に二度と二人では会わなかった。ゼミが一緒になったりもしたが、それだけだった。特にゼミで言葉を交わすこともなかった。俺も留年したが、彼女は卒論提出直前でゼミを飛んでいたので無事卒業したのか定かではない。
報せを聞いたのは数か月前だ。
学部の知人と会う機会があり、そういえば、程度の切り出しだった。
死因は病気とだけ言われ、それが体のものか心のものかはわからなかった。俺でない人間が彼女の死を俺よりも先に知っていることも、なんとも思わなかった。涙は出たが、涙が出ただけだった。
彼女の家から帰る道で見たでっかい流れ星とか、彼女と話しながら歩きスマホをしてたら軽トラのミラーに顔をぶつけたこととか、スマホと間違えてエアコンのリモコンを学校に持ってきていたこととか、シャーマンキング完全版の最終巻を貸したまま返ってきていないこととか、そういうことの全てがもう俺の頭の中にしかないし、この先誰に話しても何の輝きも持たないんだと思うと少しだけ切なかった。それで、なんとなく翌日の仕事を午前でサボって新幹線に乗ってしまった。
二時間ほど彼女の町を散策して、電車に乗る。
ホテルをとっている京都に戻って、俺はただの観光客になる。
一緒に過ごした時間なんてほんの僅かだし、特別な何かがあったわけでもない。報せを聞くまでは彼女のことを思い出したこともなかった。
今回の道行も、自分の中に突然溢れてきた情景と彼女の死をきちんと結び付けて、別の場所に仕舞っておくための勝手な営みに過ぎない。現に俺は彼女の墓の場所すら聞いていない。
それでも、人生の夏休みとも比喩される大学生活において、少なからず同じ無為な時間を過ごした共犯者のような存在が死んでしまったということを自覚するにつれ、またも勝手ながら切ない気持ちになった。
もし、多かれ少なかれ死に方を選べていたならばよかったなと思う。
俺が二度とあなたに会えなくても生きていてほしかったが、それも勝手な想念である。
冥福を祈る、というのは少し違う。
傲慢だが、万感の想いを込めてありがとうと言っておきたい。
ハンターハンターもONE PIECEもコナンもまだ終わっていないし、千年血戦篇のアニメは面白かったし、PSO2はまだサービスを継続していて、今年出たゼルダの新作も面白かった。生きてれば全部読めたし観れたしプレイできたのに、残念だったな!あとなんかシャンクスって二人いるらしいぞ!
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