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Upić Się Warto(酔っ払うことに価値がある) 浪花朱音 第5回 家を引っ越すこと、国を移ること(仕事文脈vol.16)

 約3年間のポーランド生活では、2回引っ越した。はじめて住んだのは、ポズナンの中心地にあるアパートの5階。先に渡欧した夫が探し、契約したワンルームだった。アンティークのテーブルと、イケアに600円ほどで売られている激安テーブルが混在する、奇妙な雰囲気の部屋だった。この激安机は街のいたるところで見かけたが、ポーランド人はおそらく、イケアが大好きなのである。オーナーのエヴァという女性は厳格なカトリックで、「パートナーと住む」と話した夫に対して、「本当にそれ、女性?」と聞いたらしい。アパートの正面には教会がそびえ立っており、よく見ると玄関の天井には、十字架に磔られたキリストが飾られていた。わたしはエヴァと会うことは一度もなかったけど、夫が話すには、突然訪ねてきて「来週の月曜、ワイン持ってくるから飲みましょう」と言いながら、もう二度と来ない人だった。

怒涛のネットサーチと、ゆるい契約

  妊娠がわかってから、引っ越そうと決めた。これがすこぶる大変だった。賃貸物件を載せているウェブサイトから、仲介業者やオーナーにメールを送ってみても、うんともすんとも返事がないのである。わたしはいつも丁寧に、こんなことを送っていた。
 「ポズナンに住む日本人です。夫と子ども(11月頃生まれる予定)の3人で住む部屋を探しています。この部屋を見ることはできますか。また、英語でのやり取りは可能ですか?」
 あまりにも音沙汰がないので友人に相談すると、あるFacebookのページを紹介してくれた。そこはポズナンで家を貸したり売ったりしたい人、借りたい人が投稿している。個人で所有している家を貸し出している人もいたが、シェアハウスに1部屋空きが出たから誰か入りませんか、という学生の書き込みもたくさんあった。ポーランドで高所得の人は「家や自動車に金を使う」という話を聞いたことがある。資産としてマンションを1室買っておいて、気軽に貸しているという印象だ。わたしはこのページで「Aktualne?」というワードを学んだ。これは直訳すると「最新ですか?」という意味になるが、「この情報はまだ有効ですか?」という感じだろう。驚くことに、このたった一言で、きちんと返事がくるようになったのである。
 しかし部屋が正式に見つかった時は、血まなこになって探し始めてから4ヶ月ほど経っていた。その間に、見学する予定だった部屋を当日ドタキャンされたり、頻繁にやりとりしたあげくに「今、契約ほかで決まっちゃいました!」と言われたり、散々なものだった。家探しに限ったことではないが、すべてがゆるいのである。

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