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ほどこしをしたら、こん棒でうて―プレゼントの思想/栗原康(仕事文脈vol.8)


ぼくの友だちは、ハクジョウ者とハクジョウ者です

 さいきん、ちょっとはたらきすぎた。これはいけないとおもい、いくつかの仕事をほったらかして、かの女と海外旅行にいってきた。三月二四日から、二泊三日で台湾だ。じつは、わたしは二五日が誕生日ということもあって、かの女にプレゼントとしてつれていってもらったのだ。やったぜ。さて、メインは二日目、誕生日当日だ。この日は、わたしが好きなものを食べにいくんでいいということで、前日の夜から必死になってガイドブックをよみまくった。『地球の歩き方』だ。


しかし、いまのガイドブックというのは、ほんとうによくできていて、さいしょはメシのことだけしらべようとおもっていたのだが、コラムに一九三〇年代、台湾原住民が武装蜂起して、当時、植民地支配をしていた日本人をぶち殺しまくったはなしとか、そのあとの日本の弾圧がさらに残酷だったはなしとか、そういうのがむちゃくちゃわかりやすくかかれてあって、しばらく夢中になってよみこんでしまった。とはいえ夜中になって、ダメだ、メシ、メシとおもいかえしてちゃんとしらべる。


 なににしようか。わたしは大の肉好き、そして麺好きである。いいのはないかとおもって、ガイドブックをペラペラとめくっていたら、すごいのがあった。牛肉麺。おお、バッチしじゃないか。まよわずこれにきめた。中山というところにある「史記正宗牛肉麺」という店が有名らしい。よし、ここだ。翌日、お昼を食べにいった。地元の客でにぎわっている。いいんじゃないのか。看板メニューは、ふたつ。紅焼牛肉麺と清燉牛肉麺だ。赤みのかかったピリ辛スープにするか、透明のあっさりスープにするか。わたしは前者にして、かの女は後者を注文した。ちなみに、わたしのほうは辛さをえらべて、「微、小、中、辛、大辛」とあったので、まんなかの「中」にすることにした。


 うれしい、たのしい、まちどおしい。注文をおえると、なんだか急にそわそわしてきた。ふだん無口なのに、とつぜん饒舌になってしまった。わたしはかの女にむかって、こうしゃべりはじめた。「いやあ、マジで感動しています。まえにもいったかもしれないですけど、ぼくには仲のいい友人がふたりいまして。ちょっといじわるな小説家のY子さんと、目黒の光源氏ことGくん。ぼくは毎年、ふたりの誕生日に、ちゃんとプレゼントをするんです。それこそ、お誕生日会もやったり。でも、ふたりは、ぼくにはなにもしてくれないんですよ。ハクジョウ者とハクジョウ者です。それにくらべて、チホさんはなんてやさしいんでしょう」。チホさんというのは、かの女の名前だ。まあまあ、といわれていなされているうちに、注文していた牛肉麺がとどいた。きたぁ!

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