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虹色眼鏡 第2回/チサ(仕事文脈vol.9)


「おはようございます、元気ですか、幸せですか。」部屋の片付けしてくださいー、と困った声で天使が目を閉じたままの私に言う。元気です、まぁまぁ幸せです、おはようはしません。部屋は手のつけようがないくらいひどく散らかっている。でも私が散らかしたわけではないのだ。気が付いたら汚れていた。誰かが汚した。

「おはようございます、天気もいいです、幸せってなんですか。」寝ていたいのに天使はまたしつこく話しかける。知らないよ、私が知りたいくらいだ、晴れの日は嫌い、おはようはしたくない、片付けだって面倒だ、ずっと眠って眠りが覚めなければいいのにと思う。いくら話しかけても起きない私に天使は諦めて、ブツブツと文句を言ってそれっきり静かになった。天使が話すことをやめると眠りは早急に寛容に私を包み込んで、安心した私はまどろみの中に沈み込む感覚を夢に見る。

 大人になったら何になりたいのー、とか、どんな仕事がしたいのー、とか、大人たちは話題がなくなると、気まずい沈黙を避けるように、いつも将来の仕事について聞きたがる。焦って探してみても私は自分が何を好きなのかも、何になりたいのかもわからないままで、「お姫様」と言うにはあまりに大人になり過ぎていたし、努力はしたくないのに持て囃されることだけには必死な子供だから「わからないです」なんて言う勇気はない。「色々な事を勉強してきちんと中身をつけて、将来はモノを書く仕事がしたいです」だとか「クリエイティブな仕事がしたいので、デザインもいいかなぁって。」だとか、肩に力を入れて、中身のない箱に一生懸命ラッピングをしてしまう。「まだわからないです」なんて言いさえしなければ、「若いのにしっかりしてるねぇ、応援してるよ」のご褒美がもらえるから、若いっていい。ずっと17歳でいたいなぁと思う。けれどそういうのっていうのはきっと風船と似ていて、自分を大きく見せるために空気をどんどん入れると見せかけだけは大きくなっていくのに、風船の大きさは間に合わなくて、最後には惨めに伸びたゴムだけを残して破裂してしまう。バンッ。もしくは自分で積み上げた砂の中で溺れる”ドジ”なアリジゴクだ。

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