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小説 私より運命のひと                     /兼桝綾(仕事文脈vol.18)

 「彼氏」だった時よりも「元カレ」になった時の方がずっと親密にふるまえる相手というのはいるもので、私にとっては学生時代に交際した佐竹がそうだ。親友期間が二年、交際期間は三年、そこから縁もきれずさらに五年、私も佐竹もよくモテる上に飽きっぽいので、交際相手は何度も変わり、それでも私達は変わることなく「元カレ」「元カノ」として尊重しあい、よく二人で遊んだ。しかし蜜月は十年で終わるようだ。かなり長くもったほうだ。佐竹の新しい恋人は、佐竹が私と二人で会うのをよしとしなかった。

「で、なんでそれ私に言うの」
 私がそういうと佐竹は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、まさに今モンブランをつつこうとしていたフォークをいったんわきにおいた。
「え、だって町田さんと俺の話じゃん、相談するでしょ」
「いや、佐竹だけで解決すべき話だよ」
「ええ~どうすればよかったわけ」
「相談っていう体にせず、もう会えませんって報告にするか、もしくは今後も私と遊びたいんだったら彼女のことは私に伝えず、こっそりやってほしかった」
私はそう言って自分の目の前のモンブランに猛攻撃を加えた。栗が大きくて最高だ。私達は喫茶店で甘いものを食べたり、映画を観たり、そういう風に遊ぶのが好きだ。
「なるほどね」
佐竹は納得がいったようで伸ばしはじめたひげを触りながら何度か頷いた。
「…彼女いくつなの」
「なんで」
「そういうこと言うのって年下っぽい」
「五個下」
「五個下かあ~」
「言っとくけど権力を行使したりとかしてないから」
 佐竹はイラストレーターである。最近仕事が増えはじめ、さらにモテるようになった。特に講師として大学で教え始めてからのモテはすさまじいらしく、俺は権力を行使しない、自分より立場の弱いものとは関係しない、と神妙な顔で言い始めたときは笑ってしまった。
「でも五個下ってつまり、私らが別れたころの私と、今もつきあってるみたいなことでしょ。成長なさすぎない?」
「いや、彼女は全然町田さんではないから」
 もっともだった。きっと彼女は五年前の私とはくらべられないくらい魅力的で大人なんでしょう。知らんけど。そんな彼女とどうやって出会ったの。いつからつきあいはじめたの。聞きたいことは他にもあったが私は、質問をひとつにしぼった。
「今回は運命感じる?」
「かなり感じる」
 佐竹はふたたびフォークを握り、モンブランの頂きから深く差し込みながら答えた。その答えが予想できなかったわけではないのに、私は自分自身にフォークを突き立てられたようにうまく反応することができず、
「運命じゃあ、しょうがないな」
と、かろうじて呟いた。


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