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コロナで傷ついたことば、励まされたことば  取材・文 太田明日香(仕事文脈vol.17)

 新型コロナウイルスの影響でこれまでの生活はどんなふうに変わったのでしょうか。年齢も職業も性別も居住地もバラバラな友人たちに、「傷ついたことば、励まされたことば」を切り口に、コロナ以後の生活の変化を聞いてみました。

仕事がなくなるかもしれない
 まっさきに大きく影響を受けたのが観光業。緊急事態宣言下で宿泊客がいなくなり、継続を模索するなかでどんなことばが響いたのでしょうか。

「私たちは等しく傷つけられ、等しく励まされている」
匿名(京都市・30代・宿泊業・宿と本屋と珈琲豆焙煎などをやっています)

 コロナ禍で傷ついたことば、そして励まされたことばは、と問われて、しばし考えました。思い返せば感染者数を述べるアナウンサーの事務的な言葉にすら毎日傷ついていたように思い、昨年産まれたばかりの子どもが出す「アー」ということば(音?)に毎日励まされていたようにも思います。 私は一軒の宿を営んでいます。 宿とは旅行者のための場所なので、こうなっては真っ先に不必要な場所のひとつとなりました。入国制限どころか県の移動もままならないような状況は、今まで積み重ねていたものが透明な炎に焼かれて灰になってしまったように感じられました。意味だけを燃やす炎の焼け跡には、がらんと寂しい空間と私だけ。床をふいても、窓を磨いても誰も訪れはしない。そんな日々の中で聞くことばには、いつも傷ついていたようにも、また常に励まされていたようにも思います。そして私の願うことばも、ときに誰かを傷つけることばであったかもしれなません。はやく旅行ができる世の中を願うことは、今必死に感染症と闘っている医療従事者の方々を追い詰めるものであるかもしれません。私たちは等しく傷つけられ、等しく励まされていると思います。そして気づかず傷つけ、また励ましてもいます。 私はなんとか宿を続けようと思っています。どんな形になっても。 まだなんとかやっています、という一言にすら、なにか意味があり、誰かを励ますことができるかもしれません。わが子のアーということばにすら力があるように。そう信じて。

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