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小説 セクシー・後編/兼桝綾 (仕事文脈vol.13)

 仕切り直しとばかりに宴会は続いたが、松永はキンカを連れて引き上げた。部屋にもどるには、離れの宴会場からサンダルをはいて少し歩かなければならなかった。宴会場の窓から見えた川が眼の前を黒々と流れ、砂利が歩きづらかった。松永は、先程の浅羽のうんざりした顔に傷ついていた。浅羽にそこまでさせてしまったことにも傷ついていた。反面、そこまでする必要があったのかよ、と腹をたててもいた、B社課長なんて、怒らせておけばいいのだ、あんな奴、場をあんな風にうまく、誰も傷つけないように、おさめる必要なんてなかったのだ。結果何故か松永が傷ついている、そしてそれもこれもすべてキンカのせいだと思うと、松永はキンカにも腹がたった。でもそれをどう伝えればいいか分からず、「ああいう感じになっちゃうこと、滅多にないんだけど、ごめんね」と、腹をたてているのにも関わらず謝った。「私は本当に大丈夫だったんですけど」と不服そうにキンカがするので、「うん、でもまた新人が入ってきた時、キンカさんがああいうことをしてたら、その娘もやらないといけないのかなって、思っちゃうからね」と、松永が言うと、「でも浅羽さんはやってますよね」と痛いところをつかれて、浅羽にだってしてほしくない、でも誰もそんなことをせずにすむように、松永が場を変えられる訳ではないということがむなしく、「浅羽さんはさ、うまくやれるから…」と歯切れ悪く言いながら、キンカってどういう漢字を書くんだろう、金貨かな、と、川底に沈んでいる月の光の反射を見ながら思った。あの場でキンカを止めずにいたらどうだったろう。きっと松永だけでなく、B社課長や浅羽も、いやその場にいた全員が、自分がキンカを傷つけたような気持ちになってしまう。そしてその後は傷つけた側が傷ついたみたいな気持ちに勝手になって、キンカに腹をたてるだろう。松永はキンカを見た。そして思い出した、B社との、未だFAXでやりとりをする時代遅れの書類に対し、丁寧にこちらの誤りを正すその返信に、「金菓」と署名のあったこと、金菓、金の菓子、その署名の角張った文字を思いだし、この娘は今後も『うまく』なんて出来ないだろうと思った。松永は思い切った試みをすることにした。そして立ち止まり、「金菓さん、ちょっと見ていてほしいんですけど」と言った。

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