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耳かきをめぐる冒険 第九話 カモメのミュウ耳かき(あるいはみんな違う空を見上げている話)

みなさんこんにちは。タバブックススタッフの椋本です。
この連載では、僕の耳かきコレクションを足がかりに記憶と想像をめぐる冒険譚をお届けします。
さて、今日はどんな耳かきに出会えるのでしょうか?

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カモメのミュウ耳かき
かき心地 ★★☆☆☆
入手場所 いわき市のお土産屋

福島県はいわき市のお土産屋で購入した、ご当地キャラクター・カモメのミュウ耳かき。コロリとしたボディと可愛らしい瞳に癒される一本だ。ちなみにこのミュウ、ご当地キャラクターランキングでは残念なことに毎年ランク外のようだ。

ところで、福島といえば、詩人・高村光太郎の詩集『智恵子抄』を思い出す。僕は「詩を誤読する会」というコミュニティ(みんなで同じ詩を読んでそれぞれが感じたことを自由に発表しあう会。以下「誤読会」)を主宰しているのだが、先日この詩集から「あどけない話」という詩を取り上げたセッションのことを書いてみようと思う。

この詩には、光太郎と結婚した智恵子が地元福島から東京へ出てきて、ふと空を見上げたときに交わした”あどけない会話”が描かれている。智恵子は空を見上げながら「東京には空が無い。ほんとの空が見たい」と言う。光太郎は驚いて空を見るが、そこには「切っても切れない、むかしなじみのきれいな空」がどこまでも広がっているばかりであった。愛する妻の言う「ほんとの空」を理解することができない寂しさと、それはどんな空だろうという好奇心の間にゆれる光太郎の感情が見事に表現された一編だ。

この詩の面白いところは、光太郎も智恵子も「同じ場所」から「同じ空」を見ているはずなのに、それぞれが「違う空」を感じているという点である。この日の誤読会のセッションでも、「空」という一つの言葉から参加者それぞれが連想する「空のイメージ」をみんなで自由に語り合った。

例えば、生まれも育ちも東京の僕にとっての「空」は、唯一人間の手が加えられていないナマの自然であって、ふと空を見上げて想いを馳せたり、夕焼け空を見て美しいなあと感じ入ったりする。これは東京生まれの光太郎のイメージと似ているかもしれない。他方、北海道から上京した経験を持つ参加者の方は智恵子の感覚がよく分かるという。北海道の空は広く高く澄んでいるけれども、東京に初めて来たとき空がけぶって見えたというエピソードを話してくれた。はたまた、デンマークから参加してくれた方にとっての空は一年中どんよりと曇っているイメージがあるという。彼女は続けて、そういえば中国はオリンピック開催のために空を晴らせる装置を開発したらしいという話も教えてくれた。

話題はさらに転がってゆく。頭上に広がる空間を、日本人は「空=カラッポで何もない」という言葉を用いて表現するけれども、英語の「sky」という言葉の語源には「何かがある」という意味があるそうだ。「sky」という単語は北欧の言語が由来だそうで、まさに頭上にはいつでも暗い雲があったためにそうした表現になったのだろう。

また、谷川俊太郎の『ひとり暮らし』というエッセイを引用してくれた方もいた。都会暮らしの谷川にとっての空は想いを馳せる対象であるが、農業や漁業などの一次産業に従事する人たちにとっての空は、天候によって生活が左右される「情報」としての意味合いが強いのだという。

このように、「空」という一つの言葉、あるいは頭上に広がる一つの景色をとっても、そこには十人十色の記憶や感性が投影される。そして重要なのは、そのいずれかひとつに真実があるということではなく、おのおのにとっての「空の見え方」は疑いようもなくおのおのにとって真実であるということだ。つまるところ、僕らは「同じ空」を見上げながら、同時にいつでも「違う空」を見上げている。もう一歩踏み込むならば、僕らは「同じ世界」を生きながら、同時に「違う世界」を生きているということなのである。

「その〈違い〉を前提に、他人と接することができたらいいね。」
参加者の方がふと口にしたコメントが印象に残っている。重要なのは、その「違い」を一つの規格に同化したり排除しようとするのではなく、「違い」を「違いのまま」受け入れて、みなが気持ちよく共存するにはどうすればいいかという方法を考え、行為に結びつけることではないかと僕は思う。

この回のセッションを経て、僕は「詩を誤読する会」の役割を改めて実感したような気がした。すなわち、限りなく開かれた場で、みんなで同じ一編の詩を読み合い、各々の心に思い浮かんだことを自由に共有し合うことを通して、自分が「こうだ!」と思っていた「世界の見え方」を相対化すること。その違いに驚き、魅力を感じること。その体験は、きっと現実にまで延伸すると信じて、今日も僕らは詩を誤読する。

(椋本)

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