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男には簡単な仕事/ニイマリコ 第4回 でも知らなきゃ良かった、にはならないんだよね(仕事文脈vol.21)

 とてもお洒落で可愛らしい、華やかな女のコ。「田舎がイヤでたまンない!」と東京へと飛び出してきたコ。お酒が好きで、初対面の人相手でも物怖じせず、なんならセクハラも軽くいなしてそうな、賢いコ。そういうイメージだった。そんな彼女と偶然サシ呑みに。……なぜそうなったのか、きっかけは本当に忘れてしまった。数年前のことだ。

 「彼が弱みを見せられる、それこそ私が特別な相手ってことじゃん、と思ってたの」

 突然、恋人関係にあった人物から精神的なDVを受けていた、と告白されたのだ。けっこう酔っていて、くっちゃべりたい気分だったのかもしれない。

 「すごい仕事をしてる人だから、そのぶんストレスが溜まるのは仕方ない。それを受け止めるのがこっちの役目なんだ、って必死になってた。でも今考えたらすごい気持ち悪いよね〜、私も含めて」

 と、あっけらかんとしている。それが逆に、なんとも苦いものがあるのだった。

 周囲の評価も高かったその相手の「すごい仕事」には社会運動も含まれていた。今まで政治や社会に特に関心のなかった彼女からは、素晴らしく志の高い人物に見えていたそうだ。

 過去のことから現在進行形に至るまで、芸術表現や社会運動の中心にいる人物から肉体的、精神的な暴力を加えられた人々の告発のニュースが後を絶たない。あんなに繊細な作品を作る人が、立派な人が、なぜ? 大人数が参加しているプロジェクトなのに咎める者はいなかったのか? など、驚きや戸惑いの反応が巻き起こる。暴力を否定する側が、忌むべき権力を持つ側と同じことをしている、と思い至れないのはどうしてだろう。自分のやっている仕事は尊いことで、皆を救うためのもので、それを一人で抱えている俺の孤独、苦しみを痛みで分かるべきだとばかりに、時には拳を振り上げ、強い言葉を使って他人を操ることに酔ってしまうのであろうか……。私も音楽界隈の末席で、グレーな話を遠くで近くで聞いている。なんなら麻痺している可能性もある。おそろしいことだ。

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