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小説 ブローチ・前編/兼桝綾 (仕事文脈vol.12)

 私には貯金がないけれど、貯金がないことに関して「残念だな」としか感じない。けれど正社員で、手取り二十五万円で、丸五年間働いて、一切の貯蓄がないことは堅実な人間達を驚かせるようで、これまで幾度も気まずい思いをした。私が何かしらの夢や、何だったらアイドルでも構わないけど、目的や対象があってそれにお金を使っているんだったらともかく、特に理由もないのに貯金なしはおかしい、貯金がないことそのものよりも全くお金のコントロールをしていないしする意思がないことがおかしいらしかった。今年彼氏と結婚をするにあたって、彼氏とはもう十年近いつきあいになるけれども、このあたりのことが今更、取り沙汰されたらどうしよう、というのが今現在の私の悩みである。

「でもミホちゃんの彼氏もお金ないよね?」
 と、ヨウコが尋ねてくる。ヨウコは高校時代の同級生で、とはいっても高校時代は全く接点がなかったのだが、田舎の高校から上京してきたのが私とヨウコだけだったので、何かと縁を持つようになった。私達はホテルのラウンジにいる。駅前にはホテルとスタバとガストがあったがホテルのラウンジを選んでしまった。いつだって選択肢の中で一番魅力的なものを迷わず選んでしまう。
「お金はすごいあるっぽい」

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