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安楽死のルール作り

私は長生きすることは望まないが、今を健康に楽しく生きていたいと考えている。ただ、人は残念ながら老化をしていくし、事故や怪我のリスクはつねに伴う。そういった場合に備えて、自分の最後(死)を自身でコントロールできることは考えておくべきことだと考える。

延命について

現在の医療技術は目覚ましいものであるし、先進国である日本では十分な医療サービスの提供を受けることができる。かつては死を選ぶことのなかった老人や障害者といった者に対しても、いわゆる延命という手段を選ぶことができている。
もちろん本人が望む場合には、出来得る限り、享受されることに反論はない
。ただし、本人が望まない場合であって、合理的な理由で死を選択することに可能性を考えてほしいと思う。

日本は豊かな国であり続けるのか

日本は世界第2位の先進国として、その国力を持って社会保障に莫大な支出を行うことができてきた。ただ、現在においてその国力は衰退してきていることは明らかであろう。人口で考えても高齢者の割合の急増といったこともあるし、他の先進国として生産性も低いことも指摘されている。
こういった中で、今まで通りに社会保障に割くことできる豊かな国であり続けていることができるのであろうか。私はそう考えない。リソースを取捨選択すべき地点にたっていると思う。

ルール作りを初めて見ませんか

自殺といったような他人に迷惑をかける手段しかないが、合法的な安楽死のルールがあれば、自分で最後をコントロールすることができる。
例えば、体が元気な40代で仕事をリタイアして、残りの20年間を楽しく過ごして、リソースを使い切って60歳で最後を迎える。
もちろん、人によって、その時点によって状況はさまざまである。一概に言えないし、時間がたって考えることは変わることもありえる。
ただ、私は他人に迷惑をかけ、生産性がない状態で生き続けようとは今は思わない。


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