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【サンフレッチェ広島】戦略戦術の両面から考えるスキッベ広島のチーム構築

2022年に就任したスキッベ監督によってサンフレッチェ広島は躍進を遂げ、リーグ戦3位、ルヴァンカップ優勝という結果を手に入れました。就任直後からピッチ内で目に見える変化が現れ始め、明確な「スタイル」を軸にプレイする姿が印象的でした。

今回はスキッベ監督就任後から「劇的な変化を遂げたシーズン序盤」「多彩な戦い方で勝負強さを得た中盤」「停滞感が続いて苦戦した終盤〜現在」までを振り返った上で、戦略・戦術両面での取り組みを考えていきます。

就任時点での前提条件〜チームの強みと弱みの整理〜

スキッベ監督就任時点でのサンフレッチェ広島の強みと弱みを整理すると以下の通りです。

【強み】
①人を基準とした守備強度
②フィジカル水準の高さ+走力

【弱み】
①ポゼッションを中心とした攻撃
②スペースを管理する守備

城福政権時からフィジカル強度と走力をベースにした編成を行なっており、対人強度や人に対する守備の強さにおいてはリーグ内でも優位性を持っています。

一方で過度な人基準の守備を行うためゾーンDFのようなスペースを管理する組織守備は全くできませんし、ポゼッションを行うための組織・個人戦術共に不足した状況でした。

強み・弱みを把握した上でのゲーム戦略の策定

スキッベ監督は広島の強み・弱みを把握した上で以下のゲームモデルを組み立てたと考えられます。

【攻撃】:積極的にDF裏にボールを送るダイレクトな攻撃
【ネガトラ】:カウンタープレッシングで即時奪還を狙う
【守備】:ラインを高く保ったハイプレス
【ポジトラ】:素早くゴールに向かうショートカウンター

方向性としては「弱みを隠して強みを活かす」が前提のゲームモデルです。

まず、苦手なポゼッションを避けるためビルドアップによる攻撃は選択肢から外れ、スペースを管理するDFも苦手なためミドルゾーン〜自陣深くにブロックを敷く守備も同様に除外してチームの弱みを隠します。

加えて得意分野の対人強度や走力を最大限活かすため、プレッシングを中心としたゲームモデルを組み立てました。この循環を繰り返すことで「ボールが常に相手陣地にある状態を維持」しながら「相手を敵陣に閉じ込める」ことで優位に立つのが目的です。

スキッベ監督来日当初は、サンフレッチェの現状を把握した上で苦手な状況を避けて強みを全面に発揮させる(弱みを隠して強みを活かす)ゲームモデルを採用したのだと思われます。

ゲーム戦略に基づいた具体的な戦術的肉付け

ベースとなる戦略を決めた上で個々の局面における具体的な戦術にも手が加えられました。主なポイントはこの3つです。

①敵陣深くから人を捕まえるマンツープレスの整備(守備局面)
②ショートカウンターを活かすためのクロス攻撃(ポジトラ局面)
③前線の選手に積極的な裏抜けを促す(攻撃局面)

各局面でゲームモデルを遂行するための戦術が組み込まれました。
こちらの記事には戦術導入のためクロス練習を重点的に行なったことが書かれています。


上記の戦略・戦術の成果が最も現れたのが4/6の横浜M戦です。
相手に6割近くのポゼッションを許すもハイプレスで相手を敵陣に閉じ込め、ボール奪取からのショートカウンターで2点を奪い取りました。
スキッベ監督の来日後に組み立てられた戦略と具体的な戦術が噛み合った試合と言えるでしょう。

4/17の磐田戦の得点も積極的なDF裏への飛び出しやショートカウンターなど、組み立てた戦略・戦術の文脈から効果的な攻撃や得点が生まれています。

スキッベ監督はチームの力量から実現可能なゲームモデルを策定し現実的に勝利を目指すための戦術を構築するなどの仕事を来日から1ヶ月足らずで仕上げてくれました。

また、データでも戦略面での成果がよく現れており、特にハイプレスとショートカウンターの指数が大幅に増加しています。

戦略的に相性の悪い相手に苦戦する

4/6の横浜FM戦で明確なコンセプトを示し勝利を収めたことでサポーターは期待を高めたかと思います。しかし、その後戦略的に相性の悪い相手に苦戦し、徐々に勢いを失っていきます。

ポゼッションに固執せずDF裏へ蹴り込むチーム

広島のハイプレスに対してポゼッションに固執せず手薄なDF裏を狙うチームに対しては苦戦を強いられました。ダイレクトに3CB周辺のスペースを狙われると後手を踏んでしまい、DFラインが下がり、ボール奪取後の陣地回復も難しくなります。

自陣でブロックを敷く展開が多くなるのですが、苦手なスペースやパスコースの管理の隙を突かれて失点を許してしまいます。この傾向が顕著だったのは5/3の柏戦です。

ボールを押し付けられる展開で苦労する

この他にも「ボールを相手に押し付けて守備ブロックを形成する相手」に対して苦戦を強いられました。

この場合、広島がボールを保持する展開が多くなり、苦手なビルドアップが強いられる上に、DF裏のスペースも消されて攻撃が滞り、ボールロストからカウンターでピンチを招くシーンも増えてきました。

ハイプレスの導入によって保持型のチームに対する強みを手に入れた一方で、非保持型のチームに対しては苦手な展開になる傾向が増しており、不利な試合展開に消耗して終盤に失点というシーンもチラホラ見られました。

戦略的に浮かび上がる課題と解決

90分を通じてハイラインやハイプレス、カウンタープレスを遂行するのは体力の消耗が激しいため非現実的です。そのため、試合のペースを落ち着かせるポゼッションやブロック守備が必要なのですが、苦手な分野であり機能性に乏しいのが課題でした。

ポゼッションを放棄してDF裏を狙うチームに対して蹴り合い・走り合いを展開する試合が続き、連戦でコンディションを落とす中で、ハイプレスが機能不全になる試合が増えてもいました。また、人基準のプレッシングを逆手に取った配置攻撃をしかけるチームも出始めています。

ポゼッション攻撃を整備する

スキッベ監督は問題を解決するため、「ポゼッションの時間を増やして試合のペースを落ち着かせながら、90分間の強度を保つ」ことを目指し始めました。細かい部分では3−5−2を採用してポジションバランスを整えながら前線のパワーを活かす方向性も採用しています。

しかし、基本戦略に組み込まれた「ダイレクトな攻撃」と導入予定の「ポゼッション攻撃」は矛盾しているように思われます。ただ、ゲームモデルの循環で考えるとオプションを追加してもサイクルが滞ることはなく、むしろ状況に合わせた対応を行い、ゲーム戦略に厚みを持たせることに成功しています。

<基本となるゲームモデル>
【攻撃】:積極的にDF裏にボールを送るダイレクトな攻撃
【ネガトラ】:カウンタープレッシングで即時奪還を狙う
【守備】:ラインを高く保ったハイプレス
【ポジトラ】:素早くゴールに向かうショートカウンター

<オプション追加後のゲームモデル>
【攻撃】:積極的にDF裏にボールを送るダイレクトな攻撃+subポゼッション攻撃
【ネガトラ】:即時奪還を狙うカウンタープレッシング
【守備】:ラインを高く保ったハイプレス
【ポジトラ】:素早くゴールに向かうショートカウンター+subポゼッションへの移行

攻撃局面は状況を判断して方法を選択するのですが、ロスト後は共通して即時奪還を目指しており、どちらの選択をしてもゲームモデルの循環が維持できるようになっています。

このように戦略の転換ではなく、選択肢を増やす解決策で課題を克服し、6月〜9月にかけての躍進に繋がりました。ゲームモデルの循環を保ちながらバランスを整える解決策を提示するスキッベ監督の手腕が伺えます。

特にこの時期は後ろで組み立てながらサイドに展開して、スペース得た状態で藤井に仕掛けさせる形が目立ちました。

もちろんポゼッションに関しては強みと言えるほどの水準ではありませんが、浮かび上がった課題を補完する程度の成果はあったと言えます。ただ個人戦術の不備が目立つこともあり、シーズン終盤にかけて停滞していきます。

徐々に進められる他チームの対策と停滞感

夏場にかけて躍進を続ける一方で他チームの対策に苦しむ試合も増えていきます。
最終的には勝利を収めるものの内容的には負けていた、そんな試合も目立つようになりました。

また、シーズン終盤にかけてコンディションが下降気味になる中で、そもそものゲーム戦略の機能性に問題が生じる場面も増えており、徐々に対広島の対策モデルが広く共有されていくのを感じました。

人基準のプレッシングを逆手に取った配置攻撃・流動的な攻撃

人を基準にプレッシング及び守備を行う広島に対して、配置によるミスマッチを作ったり、意図的に手薄な場所を作ったりして、数的優位や広いスペースでの1対1を利用した攻略が繰り返し見られました。

9/17の名古屋戦では広島のボランチ2枚に対して、IH2枚+トップ下1枚の3人で数的優位を作り攻略を図ります。(※加えてFWがボールサイドに位置取ってHVをピ
ン留めして迎撃できない仕組みもあり)

ミシャ式でお馴染みの可変システムも人基準の守備をする広島にとっては苦戦する相手となりました。

配置攻撃によるミスマッチや流動的な移動によるスペースメイクやフリーマンの創出など、人基準の守備を逆手に取った攻略法が広島対策の主流となっています。

ダイレクトな攻撃やカウンターによるDFラインの攻略

DFラインからのビルドアップに固執せず、素早くDF裏を狙うチームに対しては引き続き苦戦が続きました。

9/3の清水戦では縦関係になるボランチやFWなどの配置を活かしたダイレクト攻撃も目立ちました。

最終的に勝利を収めたルヴァンカップ決勝ではありますが、シーズン全体を通じてセレッソ戦では手薄なエリアへのダイレクトな攻撃による攻略が行われ、終盤の勝負強さで試合をひっくり返すものの、効果的な対応策は示されませんでした。

ボールを押し付けられスペースを消される相手は未だに苦手

天皇杯決勝のように完全にボールを捨ててブロック守備を形成しながら、カウンターを狙うチームは苦手意識があります。整備したビルドアップも機能不全に陥っていた状態の中でJ2相手にまさかの敗戦を屈してしまいました。

相性の良いスタイルに対しては圧倒できる

停滞感のあった終盤戦ではありますが、根本的なゲームモデルが揺らいでいたわけではありません。10/1の浦和戦のようにポジションを遵守した静的なビルドアップに対してはマンツーマンプレスが効いています。

2022年シーズンの総括

2022年のスキッベ監督の取り組みをまとめると以下のようになります。

①「弱みを隠して強みを活かす」戦略・戦術を構築
②初期戦略で生じた課題に対してポゼッション導入で改善
③対策が進む中で苦手なスタイルに傾向が出始める
④タイトルは手に入ったものの停滞感を打破する解決策は示されず

就任直後からチームの現状を把握した上で現実的に勝利を目指せるゲームモデルを組み立て一定の成果を収めます。加えて、さまざまな相手に対応するためオプション導入で改善を図った点も見えました。

躍進を続ける一方で相手チームの対策が進み、不得意なチームの特徴に傾向が現れ(得意なチームも同様)停滞感が漂うものの明確な解決策は示されませんでした。ただベースにあるゲーム戦略・戦術はキチンと組み込まれており、相性の良い相手に対しては優位に試合を進めることができました。

2023年シーズンの開幕から3試合で見えた現在位置

2023年シーズンを迎えて開幕から3節を終えて広島は未勝利と苦しんでいます。内容が芳しくない試合もある中で昨年の取り組みを基準に現時点でのチームの状態を分析してみましょう。

原点に立ち戻った第1節

札幌戦は昨年のゲームモデル構築初期の非保持+敵陣占有を目指すプランを採用しました。

<初期のゲームモデル>
【攻撃】:積極的にDF裏にボールを送るダイレクトな攻撃
【ネガトラ】:カウンタープレッシングで即時奪還を狙う
【守備】:ラインを高く保ったハイプレス
【ポジトラ】:素早くゴールに向かうショートカウンター

残念ながら引き分けだったのですが、ゲームモデルの遂行レベルは一定の水準にあり、戦略的基盤と戦術的な蓄積がある大切さがよく分かりました。

ただし、昨年からの積み上げに関しては疑問が残ります。ポゼッションを放棄したこともあり、一辺倒な試合展開が続いた点も気になりました。

質の高いポゼッションと配置上のミスマッチに苦しんだ第2節

新潟戦は広島が苦手とする配置上のミスマッチを活かしたポゼッションに苦しめられています。(トップ下の伊藤とボランチ2枚の△)。新潟の質の高いポゼッションと整った個人戦術も相まって前半は圧倒されました。

しかし、後半には3−5−2に変更し、個々のタスクを整理しながら、配置を合わせてプレッシングで人を捕まえることで息を吹き返しました。
配置のミスマッチでプレスが空転する問題を後半で修正できた点は評価できます。

強度の高いハイプレス+ショートカウンターが復活

第3節の横浜M戦は昨年の試合を彷彿とさせるハイプレス+ショートカウンターが機能したのが印象的でしたが、横浜も流動的な動きを交えながら広島の配置を操作して前進を図るなど一進一退の攻防の末に引き分けとなりました。

ポゼッションに課題は残るものの原点に戻るようなプレッシングサッカーを展開した点は、やはり立ち戻る場所があるのは大切なことだなと思わせてくれます。

次節G大阪は相性的に得意なチームなハズ…

ポヤトス監督が率いるG大阪は配置固定型のビルドアップをするチームなので、人を捕まえるプレスがしたい広島にとっては相性が良い相手のはずです。

流動的なポジションチェンジに消極的なポヤトス監督のサッカーであれば、昨年のH横浜戦、H浦和戦のようなハイプレスからのショートカウンターも期待できるでしょう。

2023年シーズンに期待したい事

昨年に構築した戦略および導入した戦術とチームのクオリティを振り返って、2023年シーズンに期待したいのは以下のことです。

スペースを守る守備・プレスの部分導入

昨年からずっと人基準で行う守備及びプレスを逆手に取った対策が続いており、配置攻撃や流動的なポジショニングを行うチームに対して苦戦が続いています。

マンツー要素の色濃いチームなので弱点が露わになりやすく、ゾーンDFの文化もないため対応が難しいシーンも多々現れています。なので、人基準の守備をベースにスペースを管理する要素を部分的に導入してほしいと思っています。

プレッシングにおいても人を捕まえるだけでなく「パスコースを切る」「チームで誘導する」「スペースを圧縮して奪う」などのクオリティを高めてほしいものです。

今の広島では配置でミスマッチが起きたり、ポジション移動でスペースを明け渡したりするとプレスが空転する傾向が強いです。人に対して強くアタックするだけでなく、組織として明確な意図を持ちながらプレーをすれば、持ち前の強度の高さもさらに活きるでしょう。

ネガトラでの被カウンター防止策

プレッシングをベースにした積極的なスタイルなため、常にカウンターを受けるリスクが生じます。ネガトラ局面ではカウンタープレスを採用する広島ではありますが、機能せずに逆にカウンターでピンチを招くシーンも目立っています。

攻撃時のポジショニングやプレー選択などを通じて、カウンターリスクを軽減しながらカウンタープレスが機能しやすい改善を期待したいですね。

ポゼッションの再整備

昨シーズンはある意味で付け焼き刃のような状態だったポゼッションは、シーズン終盤から停滞感が続いています。

プレッシングベースの戦略でも一定の成果は見込めるのですが、より安定した結果を得るにはポゼッションの再整備は必須と言えるでしょう。

ただスキッベ監督を見る中で「強みを活かす」タイプであるのは間違いないのですが、「弱みを克服する」アプローチはしない人なのかなとも思うので、その辺どうなのかなぁとも思ったりします。

それでも昨年から築き上げた基本となる戦略と戦術は今シーズンにも引き継がれており一定の競争力も確保できているので、これをチームの財産として更なるステップアップを目指したいものです。

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