未来掲載評(工房月旦) 2023年7月号

未来2023年7月号掲載

退職の花束渡しもう会わない人になるのにこんなに近い 宮凪舞
ソーシャルディスタンスに慣れた私たち。他人と近い距離で接するのは、ものを手渡しするときくらいだ。その近さに驚いたという、再発見の歌。しかも今後は他人どころではなく、もう会うこともない相手。強烈な違和感だろう。語順が、脳内に走った思考をそのまま並べているように見える。感情表現がより強くなっている。

帰り来て鍵穴さがす我が耳にとよもす空の遠きいかづち 樋口るか
暗い時間帯に帰宅したのだろう。鍵穴が見えないから、手探りで鍵を当てながら探していて、カチと鳴ればザスと刺そうとしている。日常でよくあり得るシーンだが、そのときの自分の耳は雷鳴を拾った、という些細な思い出を、詩的に言語化できている。「とよもす」という単語自体響きがよく、音に特化した歌によく合っている。印象に残る言葉選びである。

白鳥のはねの伸びゆくそのさきも首の伸びゆくそのさきも、冬 ネコノカナエ
読み進めていくと、白鳥がすぐそこで飛び立つ準備をしている光景が目に浮かんだ。自分は白鳥を見ている存在だが、まるでこう詠われている白鳥になったかのように、全身で冬を実感できる歌。また、視点を白鳥に据えたことで、冬の支配者と出会ってしまったような、圧倒的な力を白鳥に与えている。その圧倒が結句の読点にある。「、冬」でぐっと引き締まるので、ひらがな表記が多いものの、バランスは取れていると感じた。

送別会三年開催していない自分の場合も当然しない 岩瀬雅史
言い切りが素晴らしい。ここ三年ほど、「このご時世で~」という理由があったけれど、多くの人が内心「正直ちょっとめんどくさいし、いいよね」といった思いを抱いていたのではないか。ついに自分が送られる側になる。今は「そろそろ……」と思ってもいい時期だが、三年も経てば、開催しないことが当たり前になっていた。ここまで割り切っているところから、日ごろの職場の様子を想像させられる。お疲れ様でした。

百年後この世にゐない者としてドーナツの砂糖はらつて立ちぬ 北見柊
スケールの大きいところから、わかる~!と頷いてしまう営みに接続して、面白く気持ちのいい歌。ドーナツの砂糖、こぼれますよね。気にはするけど、しっかり綺麗にするわけでもなく、さっと払ってさっと行きますよね。程々に後始末を心がける暮らしが、頑張りすぎない生き様に繋がっていて、安心する。光を受ければ輝く砂糖である点も、歌の清々しさと調和している。ドーナツも時間や世界の象徴なのかもしれない。

わが町の神社の柱に大き字で〈ドル歓迎〉と貼り紙のあり 細川延子
「わが町の」だから響くのだと思う。「ドルOK」とかではなく「ドル歓迎」なところも、有名どころというより、身近な神社だなあ、という説得感がある。時代の変わり目の、身近で現実的なところを見逃さない。かっこの使い方も上手い。普通のかぎかっこだと、神社の方が書いた文字の迫力を表現しきれないかもしれない。細部まで整えられていると感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?