未来掲載評(工房月旦) 2023年8月号

未来2023年8月号掲載

焼き上がる鰻を待ってるお時間も料金に含めさせてください 岩本芳子
外食を楽しんでいるのがよく伝わる。雰囲気の良い店なのだろう。しかも鰻を焼いているという。読みながら、鼻がヒクヒクした。店のメニュー表から拾ったのだろうか、お時間、料金に含むという、マニュアル言葉をユーモラスに活かしている。この違和感は狙い通りだろうと予想する。

隔日に買う灯油の値上りが冬の寒さを加速してゆく 葉山宣淳
「隔日に」がよい。生活感がある。冬の寒さと、値上げラッシュ、どちらも辛い。年を取って「隔日」のペースで過ごしている自分にも、降りかかる寒さは容赦ないという、追いつけなさを嘆く歌に読める。

山田富士郎さんの後記を読んだ。ルビについて、私も同感である。言葉が分からなければ調べる。ひと手間あるほうが、こちらの勉強にもなる。また、例えば初句が「埋もれて」の歌があれば、とりあえず「うもれて」をよけて、「うずもれて」と読み始めるくらいの柔軟性は、多くの歌人が自然と身に着けているだろう(と私は思う)。

ラジオネーム「野垂れ死に犬」さんからの投稿は軽く読み流される 三輪晃
ラジオや配信をよく視聴する人にとっては、あるあるネタではないだろうか。ラジオネーム通り、熱量のある投稿だったのだろう。ちょっと扱いにくいなあ……と思っている、ラジオに関わる人々の様子が想像できて、ほほえましい。四句目がそれこそ「軽く」読みたいところなのに、八音で音が残ってしまう。嘘でもいいから「メール」などであれば、「野垂れ死に犬」が意識に強く残ったまま、最後まで進めると感じた。

才能がないのはわかる!ないのはわかる!責められたってないものはない! 加藤万結子
切実な心の叫びだ。そのうえで、誌面に発表している以上、作品として読んだ。繰り返しの歌が三首続けば単調になる。どれだけ素晴らしい歌でも、同じ形が続けば、見つけたはずの良さを見失うのが読者である。一首一首に時間をかけてはどうだろうか。マグマの熱さは強く感じる。どのように流れているのか観察したい。そのような表現が見たい。

一年の後もこころや変はらぬとHonda Dreamに試されてゐる 太刀花秒
Honda Dreamは販売店の名称。その固有名詞をそのまま使ったことで、自分のこころ、または自分の夢について、改めて考える人物の真剣さが増す。予約のことだろうか、ローンのことだろうか。ああいうところの営業さんは本当に、夢を売る仕事をしていますよね。

顔うづめささやくやうに弾く指の先からこぼるる数多の真珠 白鳥光代
視覚と触覚、聴覚も呼び起こされる。真珠の色は鍵盤と、軽さは「こぼるる」と対応し、読者の中で、そこではどんな音が鳴っているのか、想像が組み上がっていく。身をもって楽器と向き合う様子が描かれていて、音を生むとはこういうことか、と腹落ちした。念のため書き残すが、「楽器にそっと触れたのに、ネイルストーンが取れてしまった」状況をこう詠んだのであれば、とんでもない力のある作者である。

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