事前確率と陽性的中率

新型コロナウイルスの検査に関する議論において、感度、特異度、偽陽性、偽陰性という用語を話題で目にするようになりました。定義を知っていることは理解の基礎ですが、今回は事前確率の概念も含め、もう少し考察してみようと思います。

まず初めに以前にも説明しましたが、定義を再確認してみましょう。理解には分割表をみるのが便利です。(「病気」は感染と置き換えてもOK)

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感度、特異度は普通、%で表現されます。感度は高いほど見落としが少ない、特異度が高いほど過剰診断が少ない、ということです。

ここで注意すべきは、この数値は病気・病気でないがわかっているから計算できる値であることです。検査の性能を2つの指標(感度・特異度)で表している訳です。どちらかと言うと、検査する側、医療従事者側からの視点と言えるでしょう。

しかし多くの人が知りたいのは、ある人が検査を受けて陽性になった場合、実際に病気である確率はどの位あるのか、です。集団検診で要検査になった。本当に病気なのだろうか。病気である確率はどの位なのだろうか。この確率は、「陽性的中率=真陽性/陽性」で計算できますが、少し厄介です。「事前確率」が関係してくるからです。事前確率は、文字通り検査前にどの位病気である可能性があるかを示す値です。

例えば、今回初めて健康診断を受け要検査になったなら、事前確率は一般の罹患率(有病率)そのものと言えます。しかし毎年検査を受けていて、昨年は問題なかったが今年は要検査になったとすれば、事前確率は1年間でその病気を発症する割合になります。当然事前確率は一般の罹患率(有病率)より低くなります。逆に、何かの症状があって同じ検査を受けるとすれば、事前確率は高くなります。

このように同じ検査であっても、その検査に至るまでの状況で事前確率は変化してしまうのです。結果、(感度・特異度は変わらなくても)陽性的中率が変わってきます。

続いて、さらに詳細に考えるため、式も入れた表を示します。

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陽性的中率に影響を与えるのは事前確率だけではありません。特異度にも注目する必要があります。例えば定義から、
   陽性的中率=真陽性/陽性
        =真陽性/(真陽性+偽陽性)
                            =1-偽陽性/(真陽性+偽陽性)
が得られます。特異度が高ければ偽陽性は少なくなり、結果として陽性的中立は上がります。

つまり、
   事前確率が高い         ⇒ 陽性的中率が高い
   偽陽性が少ない(特異度が高い) ⇒ 陽性的中率が高い
ということがわかります。

見落としと過剰診断:トレードオフの関係

上で述べたように、事前確率はどのような条件で検査に至ったのかによって変わってきます。それではどのような人に検査をするのかを考えてみましょう。理想は、真に病気の人だけを見つけ出し、治療等につなげることでしょう。しかし検査には、偽陽性・偽陰性がつきもので、感度・特異度共に100%となる検査は基本的にありません。感度を上げれば特異度が下がる、特異度をあげれば感度が下がってしまうという、トレードオフの関係になります。

そこで検査において
 ・見落としによるデメリットは何か
 ・過剰診断で何が起きるか
について考えてみましょう。

見落としによるデメリットは何か
病気の進行が遅く、定期的に検査が行われ、発見が少し遅れてもあまり問題にならない場合は、確実に病気である人(真陽性)を見つけることに意味があるでしょう。
しかし多くの病気は見落としによるデメリットは大きいと考えられます。発見が遅れることにより病気が進行してしまう。発見されないことにより、感染が広がってしまうなど、様々な状況が考えられます。この場合は、多少の過剰診断があっても、見落としを減らすことが重要になってきます。

過剰診断で何が起きるか
過剰診断、つまり健康診断などで「要検査」になり精密検査では問題ないとされる場合です。新型コロナの検査で言えば、偽陽性がそれにあたります。一般に要検査(陽性)になれば、精密検査、その他の検査を経て、確定診断を行います。1つの、ただ1回だけの検査で病気が確定されることはまずないでしょう。従って、多少の過剰診断を許容しても問題になることはほとんどありません。過剰診断が問題になるのは、過剰診断の件数が多すぎるために、後に行うべき精密検査等に手間がかかりすぎる場合に限定されるでしょう。

これを踏まえ、検査の感度・特異度は、目的とその後、取りえる対応にあわせて設定されることになります。(直感的にはしきい値の取り方を変えることで、感度・特異度が変わります)


補足

新型コロナウイルスの感染確認の方法には、PCR検査と抗原検査があります。(私は医療の専門ではないので)詳細はわかりません。しかし少し調べるとわかることは、
・抗原検査の精度測定にはPCR検査の結果が用いられている
という事実です。例えばPCR検査のCt値(何回増幅したか)が低い方(つまり元のウイルス量が多い)が、抗原検査でも陽性になりやすい、など。PCRが検査の精度を決める基準であることは間違いないようです。

たまに「偽陽性」だった、という報道を目にします。これは、一部のメーカーの抗原検査キットで発生している可能性があります。「COVID-19簡易抗原定性検査の偽陽性に関するアンケート結果」が公開されてます。


最後に。PCR検査で偽陽性がほとんどないことを理解できれば、
   陽性的中率 =1-偽陽性/(真陽性+偽陽性)
という式から陽性的中率はほぼ1、つまりほとんど100%と言えることがわかります。これはPCR検査を増やしても、感染していない人を感染していると間違うことはほとんどない、検査を増やすと偽陽性が増える、人権侵害になる、といった論議はナンセンスであることがわかります。

検査数を増やす、頻回検査を行う。有症者だけでなく無症状者も把握する。統計をとって現状を定量的に捉える。データを扱う立場からは、やらない理由がわからないです。