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『きらりマイレージ』

 俺たちは普通の高校生だ。
 ありふれた中学校生活を終えて、どこにも引っかからずに島の高校を選んだ。離島留学生ってやつだ。
友達からは「島流しだね」なんて馬鹿にされた。

 そんな高校一年の特別な想い出。星影島で過ごした、夏の終わりの物語。

 蝉時雨が鳴り響く教室に、新しい先生がやってきた。
「それでは、ご紹介します。IT支援員の新田先生です。先生はこれまで都心部でタブレットを使用したリモートの授業など、幅広いIT教育の分野で――」
 俺こと神島心太は、小難しい話が嫌いだ。
「新田先生。横文字は苦手なので、さっそく授業してください!」
 俺が話を遮ると、右隣の渚が冷たい視線を俺に向けた。
「ちょっと失礼な奴。なんで最後まで話を聞けないの?」

 左隣の空人が腹を抱えて笑う。
「渚、そりゃ仕方ねぇって。心太なら、タブレットもリモートも、新発売のお菓子くらいにしか思ってねーぞ、きっと。何それ、美味しいの?」
「空人。馬鹿にすんなよ。リモートってあれだろ。レモンを浮かべた……」
「ほら、やっぱりこいつ。レモネードとリモートを」

 担任の海原先生が両手を叩いた。
 三人だけのクラスなので、特に私語が目立つ。
「はいはい、みんな。新田先生に注目」
 新田先生は微笑むと、俺たちの目の前で腕時計を外した。

「では問題。これ、何だ?」
「新田先生まで俺たちを馬鹿にしてんの? 時計に決まってる」
「心太くん、不正解。これはね、最新型の小型端末だ。メッセージを受信したり、睡眠を管理したり、音楽を聴いたり、買い物だってできる」
「私も欲しい!」
 渚が目を輝かせている。
「星影島じゃ役に立たないだろ」
 空人が冷たく吐き捨てた。
「空人は馬鹿だなぁ。この腕時計は、きっと未来をもっと明るくできる!」
 俺の言葉に、渚と空人が笑った。

「心太くん、正解! 今日から君たちと島の未来を輝かせるアプリを開発するために、僕はきたんだ。一緒に開発しないか?」
「すっげぇー!」
 俺は思わず興奮した。
 星影島専用のアプリなんて開発したら、両親にだって自慢できる。偏差値の高い高校に入った仲間にも自慢できる。
「それじゃ、どんなアプリにしたいか、まずは個人で考えて。で、発表してもらう。制限時間は海が満潮になるまでにしよう。それじゃ、スタート」

 俺は腕を組んで唸った。
 星影島専用のアプリと言ってもアイデアは何もない。
 渚は何か構想があったのか、すでに書き込み始めている。空人は教室を出て何かの調査に出掛けた。何をしても自由だ。自由だからこそ、何をしていいか分からない。そもそもそんなに真剣に物事を考えたことがない。

 そのまま時間だけが過ぎ、海がオレンジに染まった。
「タイムアーップ! そこまで。じゃあ、まずは渚ちゃんから」
 渚がスケッチブックをもって、教壇に立った。
「私は、星空を腕時計で眺められるアプリを開発したいです。島で育ったお年寄りの中には、寝たきりで動けない人もいる。そんな人に、この島の空が見せる表情をいつでも腕時計の中で体験して欲しい。指で触れて、ピンチをすれば新しい星が見つかったり」
 渚の提案が続いた。正直、めちゃくちゃ良いと思った。

 続いて、空人の番だ。
「俺はこの腕時計で、島の郷土料理の専用アプリを作りたい。スワイプすると島の料理の写真が次々と出てきて、タップすると婆ちゃんが料理してる動画や、母さんのオリジナルレシピが出たり。島の伝統の味を、ずっと食べていけるだろ?」
 悔しいけど、空人のアイデアも抜群だった。

「じゃあ、最後に心太くん」
 俺は緊張しながら前に出た。馬鹿にされるかもしれないけれど、これしかない。
「俺は、ずばり『きらりマイレージ』。思い浮かぶ横文字がこれだったから、タイトルは何となく」
 渚と空人が笑った。
「はい、みんな。心太くんのプレゼンに集中」
「でな、きらりマイレージって、島のみんなの良い行動を島民みんなで投稿するんだ。海を掃除しているじいちゃんがいたら、写真を撮って投稿! 島民みんなでイイネを送る。コメントで次の清掃を募ってもいい。他にも島に赤ちゃんが生まれたら投稿。捨て猫を見つけたら投稿。挙式する人が投稿して、みんなで祝ってもいい。そんなきらりと光る島のみんなの行動をひとつのアプリに集約したい。この島が好きなんだ!」

 教室がしーんとなって、一瞬、時が止まって見えた。
 耳鳴りがして、みんな生きてるよなって、俺は手を振った。
 渚と空人が立ち上がり、新田先生も担任も一緒になって拍手してくれた。

「スタンディングオベーションだ! 素晴らしいよ、きらりマイレージ。これで行こう。みんな、いいよね? 新しいスタイルの島のSNS」
「うん。心太を見直したわ」
「最高だよ、心太」

 俺は照れ臭くなって、鼻の下を擦った。
「で、SNSってなんだっけ?」
「おいおい。ソーシャル・ネット……心太くんにはやめとこう」

 新田先生が苦笑いすると、教室が爆笑に包まれた。
 夕日が差し込む星影島の校舎は、やっぱり幸せに溢れてた。

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