見出し画像

強盗と後藤と私

 私たちの最初の出会いは、深夜2時のコンビニの店員と客と強盗だった。
「静かにしろ! 騒いだら殺す。金を出せ!」

 サングラスの若い金髪の男が、コンビニの入り口でナイフの刃をこちらに向けながら叫んだ。
 私は研修中の名札を付けた、大学4年の陣内ヒカリ。
 バーコードリーダーを持つ手がぶるぶると震えて、缶ビールを思わず落とした。

「これ、商品交換してくれる? プルトップ開けたら、黄金の噴水だから」
 若すぎると思われる男性客に、念のため免許証の提示を求めたところだった。名前は、後藤ヒカル。免許証の提示なんて怒られるかと思ったが、丁寧だねって褒められた。
 後藤が床からビールを拾って、私に手渡してくれた。

「あ、あのあの……」
「早くしろ!」
「早くして」
 強盗と後藤に見つめられて、私は震えることしかできなかった。

「そんなに震えたらビールが余計に噴いちゃうよ」
「てめぇ、死にてぇのか?」
 強盗が後藤に吐き捨てた。

「死にたくないから、ビールを買うんでしょ。社会人一年目の小さな楽しみ」
「てめぇは、なんでそんなに落ち着いてんだよ?」
「てめぇじゃなくて、後藤ね。だって、レジの金が目当てなんでしょ? 俺、関係ないもん。陣内さんも研修中なんだから、さらっと渡しちゃおう。バイトで責任感出して、死んだって損だし。強盗に取られたら、店長も責めないって」

「ご、強盗さん、それで良いですか?」
 私は涙目で尋ねた。
「金がもらえるなら構わねぇ。早くしろ」
 後藤が両手をクロスして、強盗に何かを伝えた。
「順番は守ってよ。俺のビールの交換が先」
「ふざけてんのか、てめぇ!」
「だから、てめぇじゃなくて後藤だって。ふざけてるわけないでしょ。だって、俺のお会計を先に済ませたほうが、レジの中の金が増える。そしたら、強盗さんにとっても有利なわけで、これってwin-win-winだと思うんだけど」
「まぁ、確かにそうだな。ねーちゃん、そうしてくれ」
「は、はいっ!」

 私は酒コーナーに走って、同じビールを探した。
「最悪だ……」
 落としたビールはあいにく、最後の一本。どうする、私。

「ありませんでした、同じビール……。ごめんなさいっ」
「じゃあ、酎ハイでいいや」
 後藤がレモン酎ハイを持ってきた。
 強盗は唖然として後藤を眺めていた。だが、ナイフを構えた手は降ろしてくれない。

「陣内さん。ごめんね。一万円札しかないや。スマホも置いてきちゃって」
「大丈夫です。では、9,784円のお返しになりますね」


 私は強盗に睨まれながら、レジを開けた。
 呆然とした。五千円札が2枚と千円札が3枚しかない。
「どうしよ……」
「参ったなぁ。もう800円以上買えば、お釣りが出せるよね?」
「そんな、後藤さんに申し訳ないです」
「なに、ちんたらやってんだ!」

 強盗が声を荒げた。
「怒ったってしょうがないでしょ、陣内さんのせいじゃないんだし。俺があと800円買い物するのと、強盗さんが五千円札を両替してくれるのと、どっちがいいです?」
「馬鹿か、てめぇ。先に金を寄こせ。もう待てねぇ。サツが来たらどうすんだ」


 後藤が大きなため息をついた。
「よく考えてみてくださいよ。強盗さんが――」
「その強盗さんってのやめてくれ。山崎だ」
「犯罪者が名乗るって、ちょっと衝撃」
「仮名だ。続けろ」
「山崎さんが先にレジを空にしたら、陣内さん、ますますお釣りが払えなくなるんですよ? そしたら、俺が店長を呼ぶことになる。あるいは、釣りを払わない陣内さんを警察に突き出すことになる。そうなったら、マズイのは山崎さんだよね?」
「馬鹿か。金をもらったら俺はずらかる」
「それは無理だよ。俺のお会計が先って、さっき自分で約束したよね」
「したな」
「だったら、それは守ってくれなきゃ。ねぇ、陣内さん?」
「わ、私は後藤さんが良ければどちらでも」


 強盗がレジまで一気に詰め寄った。
「ねーちゃん、店員がどっちでもなんて中途半端な態度はいけねぇ。そんなんじゃ、この先、道に迷うぞ」
「す、すみません」
 強盗に謝る私を見て、後藤が笑った。

「山崎さんもすでに道に迷ってるけどね。なんで、強盗してまで金が要るの?」
「理由なんかあるかよ。なんかむしゃくしゃしてよ」
「あぁ、わかるな。俺も毎日、むしゃくしゃする。会社で上司からガミガミがみがみ。陣内さんは?」
「お金がなくて、深夜のバイトをしなきゃなんない自分にむしゃくしゃしますね」
「なんだ、てめぇーらも同じかよ」
「てめぇーらじゃなくて、後藤と陣内さんです」
 後藤はトレーに一万円札を置いた。

「いいや。今日は俺が奢る! むしゃくしゃした3人で飲もうよ」
「飲むって、俺バイクだぞ」
 強盗がコンビニの外を指差した。
「飲酒運転、気にするの? 強盗してんのに」
「あっ、それもそうだな」
 私は思わず噴き出した。
「あっ、陣内さんが笑うの初めてみた」
 後藤と強盗の声が重なった。

 店内にプルトップを開ける音が重なった。

 「あっ、このビール。やっちまった!」

 黄金の噴水が舞い、3人で笑った。
 レジのお金はまだ盗られていない。

 強盗と後藤と私。

 ちょっと変わった奇妙な関係に今夜は乾杯。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?