図1

M1と今の日本が一致した件

M1めっちゃ面白かった。久しぶりにあんなに笑ったな~
最近、youtubeでIPPONグランプリをよく見ていて、「なぜ面白いのか」を考えることに少しハマっている。

そこで今回は、おとといのM1グランプリの3組の「面白さ」について考察してみた。ただしこれは、おとといの漫才を見て思ったことであり、3組の漫才が常にそうだとは言い切れない。ということを前提としたい。

かまいたち
「どうでもいいことの捉え方」の面白さ。

ぺこぱ
「ツッコミ」の面白さ。

ミルクボーイ
「どうでもいいことの捉え方」の面白さ 

「ツッコミ」の面白さ

こんな印象を受けた。

かまいたち

の漫才は、どうでもいいことをトコトン深く掘り下げる技術。「トトロを見たことがない」というどうでもいいことを、「自慢できること」につなげ掘り下げていく。手品のように、誰かの「自慢できること」は、今から努力すればそれなりに自分にもできるというような固定観念を壊したところに面白さがあった。特別なストーリー性はないが、1つのモノことに関してどう捉えるかの驚きがあった。


ぺこぱ

の漫才は、ツッコミの常識を破った感じ。ボケに対してのツッコミが全く予想できなかった。「このボケに対してはこうツッコむだろう」という予想(典型的というか、まあこうツッコむでしょみたいな感じ)に対してもう一段階ツッコんでいるようなスタイルだから、そこに驚きがあり、面白さだ。
(↑個人的には一番笑った)


ミルクボーイ

の漫才は、その両方を持っている感じがした。「コーンフレーク」というどうでもいいことを、これでもかというくらいに深く掘り下げていた。さらにツッコミの形も、肯定「コーンフレークやないかい!」と否定「コーンフレークちゃうやろ!」の両面性をもつスタイルに驚きがあった。(偏見だが、一般的にはツッコミとボケで対立構造になっているイメージがある)

M1と今の日本

漫才の常識」、悪く言えば「古き常識」という基準で考えたら、かまいたちがダントツであり、優勝である。

しかし、「斬新さ・型破り」という基準で考えると、ミルクボーイ・ぺこぱに軍配があがる。

日本では今、「働き方改革」や「革新」など、今までの常識からなんらかの変化が求められている風潮がある。

そんな世の中で生きている人たちにとって、ミルクボーイのような「斬新さ型破り」がハマったのではないだろうか。



ってかど素人がなに偉そうに書いてんだよ!!って少し思ったけどnoteはそういう場であってもいい。(ぺこぱ風)
もうええわ!どうもありがとうございました~






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