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そんな世界は嘘である ~クリスマスイブ~

サンタクロースという想像上の赤服爺さんを幼稚園に上がる頃まで信じていた僕なのだが、今ではミニスカサンタのコスプレをした女の子の太股にしか興味を抱かない穢れた大人になってしまった。

「おい、千秋」
「なによ?」

 パソコンの画面から顔を上げて天宮千秋は僕のいるベッドの上を振り仰いだ。

「僕の一人称になんてことをするんだ」

 ちなみに突っ込みを入れるまでの語りは友人こと天宮千秋の独り言である。

「だって本当のことじゃない? 反論があるならホットペッパーのCM風にアテレコされた感じで言ってみなさいよ」
「そんなん言われたかてな、僕、関西弁とかわからへんで?」
「ところで今日はクリスマスイブなのだけど、この様子だと性欲を持て余しながら暇も持て余しているといったところかしら?」

 華麗に無視されたあげく酷い言葉が返ってきた。

「千秋だって似たようなもんだろ? それよりどうして不法侵入したのか説明してくれ」
「窓を割って入ったに決まっているでしょう」

 長い黒髪を掻き上げながら千秋は気だるげに返事をする。
 言われて視線を移すと綺麗に窓ガラスが割れていた。
 通りで寒くて目を覚ましたわけである。というか方法を聞きたかったわけじゃない。

 ベッドから下りて僕は千秋の隣に座った。
 パソコンの画面には3D麻雀の映像が映し出されている。
 ちなみに「節子それロンや」という清太くんの優しさを微塵も感じさせないペンネームを使用しているのが千秋だ。しかもかなりの好成績を収めている。

「もうちょっとセンスのあるハンドルネームは浮かばなかったのか?」
「失礼ね。裸にネクタイ姿の人にセンスを問われたくないわ」
「ちょ、ちょっと待て! 僕は寝間着姿だ! 誤解を招く発言はやめろ!」
「あらそう」

 そう言って千秋は立ち上がった。どういうわけかミニスカサンタ姿である。

「なんて格好してるんだよ?」
「この国ではサンタクロースは不法侵入しても許されるのよ?」
「許されねえよ!」
「でも六法全書には許されるって書いてあるわ」
「書いてねえよ!」
「あら、美少女の間違いだったかしら?」
「どっちも許されねえよ!」
「そう言うと思って『ただし美少女は許される』と但し書きの入った六法全書を作っておいたの。製本してもらうのに二万円もかかったわ」

 差し出された六法全書には確かに謎の但し書きが記されていた。

「僕にはわからないよ、千秋という存在そのものがね」
「おかげでクリスマスイブだというのにアルバイトをすることになったわ」
「自業自得じゃねえか!」
「ケーキを売るの、世界平和のために」
「単なるアルバイトを美談っぽく語るな!」
「ミニスカサンタからの小粋な情報~♪ 桐原さんも同じ店でアルバイトをするそうよ」
「終わる頃に出迎えさせて頂きます」

 僕は奥義猛虎落地勢を見舞った。大地に両手を着いて目標に向かって頭を下げるという大技である。ちなみに別名を土下座という。

「バイトは?」
「昼からだけど夜には終わってる」
「あらそう」

 それだけ告げると千秋は大人しく帰っていく。
 僕は割れた窓をダンボールで補修しながら歓喜した。

 夜。
 偶然を装って話しかけるため、僕は店の裏口に当たる薄暗い路地で待機していた。しばらくすると千秋と桐原さんが談笑しながら現れる。僕が姿を現すが早いか物陰からコートを羽織った男が二人の前に飛び出した。

「ぐえっへっへっ」

 男はコートの前を肌蹴させながら雑魚キャラ特有の卑猥な笑い方をする。

「きゃーっ!」

 桐原さんが悲鳴を上げる。無理もない。男はコートの下になにも着ていなかったのだ。変態野郎から桐原さんを守らなければならない。僕は勢い任せに二人の合間へ躍り出た。

「桐原さん、大丈夫ですか?」

 涙目のまま桐原さんは何度も頷く。それを確認して僕は胸を撫で下ろした。こんな変態野郎に負けるわけにはいかない。僕は服を脱ぎ捨て猛り狂った。

「ぎょええええええええええーっ!」

 どういうわけかコートの男と桐原さんの悲鳴が重なる。怖れをなした変態野郎は逃げ去っていく。当たり前のことだ。羞恥心を捨て切れずコートを羽織った男に全裸の僕が負ける理由など世界中のどこを探しても見当たらない。

「もう大丈夫です」

 僕が振り向くと桐原さんは泣きながら走り去っていく。

「……あれ?」
「お尻を出した子一等賞というのは日本昔話のエンディングでしか通用しないのよ?」

 がっくり。
 とはいえ変態野郎から桐原さんを守れたのだからよしとしよう。

「独り身で可哀想な男の子へミニスカサンタからのプレゼント」

 ほとんど強引に千秋から紙袋を受け取らされた。
 紙袋の中身は手編みのマフラーだった。とりあえず首に巻いてみる。

「首を吊っても解れないように作ったのよ」
「強度より温かさを重視してほしかった」

 おそらく僕は千秋の思考回路を一生理解できないだろう。

「実は素直に帰った演技をして留守の間に小汚い部屋をリフォームしてあげたの」
「掃除でもしてくれたのか?」
「悲劇的ビフォー・アフターよ」

 悲劇的?

「ちょっと待て! 現場を見る前から惨状しか思い浮かばないじゃないか!」
「それはそうよ。現場を見たら『こんな家住めるか馬鹿野郎』って叫ぶことになるわ」
「満面の笑みで肯定してんじゃねえよ!」
「ともかく夕食を取りながら関西弁標準語化計画について話し合いましょう」
「張ってもいない伏線を回収するな」
「それなら旅先でコナンくんに遭遇した場合、遭遇しなかった場合と比べて殺人被害率が一万七千倍になる科学的根拠について話し合いましょう」

 前提にコナンくんを出しておいて化学的根拠もなにもない。

「それにしても窓をなんとかしないと冷え込みそうだな」
「なにを言ってるのかしら? もはや窓という概念は存在しないわ」
「……借家になんてことをしてくれたんだよ」

 大家さんと朝まで大激論だけは嫌だ。

「そんなことよりまだなにも食べてないんでしょう?」
「ああ、帰ってカップラーメンでも食べるよ」
「そういうことなら材料は買ってあるわ」

 千秋はビニール袋を少しだけ掲げた。僕が戸惑っていると千秋は小首を傾げる。

「あら、知らないの?」
「なにをだよ?」
「二人で食べたほうが美味しいのよ?」

 白い息を吐き出しながら千秋は微笑む。満天の夜空には冬の大三角が輝いていた。

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