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そんな世界は嘘である ~誕生日~
きっかけは僕の一言だったかもしれない。
「明日、誕生日なんだよ」
「あらそう。つまり私の欲しがっていた二万円の鞄を買ってくれるというわけね?」
「どういう理屈だよ! というか金額が現実的過ぎて笑えねえよ!」
「まあいいわ。とりあえず明日、私、空いているのよね」
長い黒髪の美少女である天宮千秋はそう言った。正直なところ、気分はいいんだよな。まあ友人と呼べる存在がこいつしかいない時点で僕の人生終わってるんだけどさ。
「僕の誕生日を祝ってくれるのか?」
「せっかくの誕生日を私と過ごしてもいいのかしら? ほかに過ごしたい恋人――ごめんなさい。あなたにそんなことを聞くのは失礼だったわね」
「その言い方のほうが失礼だよ!」
「とりあえず二十四時間営業の食堂で早朝五時に待ち合わせでいいかしら?」
「ちょっと待て、それって千秋の深夜バイト明けの朝食に僕が付き合わされているだけじゃないのか?」
「そうですがなにか?」
「認めるんかい!」
ここまで潔く認められると、もうなにも言うことはないな。早朝五時は結構きついが起きれないこともない。
「それじゃあ明日、朝五時に待ち合わせだな」
「連日で私に会いたいなんて、ひょっとして変態なのかしら?」
「友人に誕生日を祝ってもらうだけだよな!」
「とても素敵な誕生日プレゼントを用意しておくわ」
「いやいや、そもそも会話が噛み合ってないんですけど大丈夫なのか?」
「もちろんよ、約束は守るわ」
そんなこんなで僕は誕生日の早朝、友人である天宮千秋と会うことになった。
翌日、僕は千秋に指定された二十四時間営業の食堂へ訪れた。少し早めに到着したつもりだったのだが、すでに髪を乾かし切れていない千秋の姿があった。
「待たせて悪かったな」
「気にすることはないわ。私のバイトが早く終わっただけのことよ」
妙に素直な天宮千秋と食堂へ入店する。小奇麗な店内で食券販売機が二つ並んでいた。早朝の五時なのに客数は多い。ひょっとしたらこれから仕事という人もいるのかもしれないな。
「なにが食べたいんだ?」
僕は券売機に札を投入しながら千秋に尋ねた。
「B定食」
「ねえよ!」
反射的に突っ込んでしまう。
「ここは学食でも社員食堂でもないからな!」
「早朝から随分と元気ね」
そう言いながら千秋は目玉焼き定食を選んでいた。なんだろう? もっと高いものが食べたくて僕を誘ったわけじゃないのか? ちなみに目玉焼き定食は朝専用の五百円以内で頼めるワンコインメニューの一つだ。
「じゃあ僕は銀鮭定食にしようかな」
「あらあら、私より高価な物を選ぶのね。それならトッピングで納豆をもらおうかしら?」
「朝一から僕の誕生日を祝う気ない感がすごいな」
「失礼ね。納豆を口移しで食べさせてあげるわ」
「怖えよ!」
「どうして?」
「すげえ性癖を持ってる奴じゃないとただただ気持ち悪いだけだぞ?」
「辛子とかのトッピングなら自由自在よ?」
「そういうわけじゃなくてだな!」
「え、違うの? あなたの好みがわからないわ」
「わからないのはこっちだ!」
納豆の口移しって、どんな罰ゲームだよ。
好きな女の子でもその日で嫌いになれるわ!
というか絵的になかなかあれな感じになるよな? 想像するだけで納豆の口移しって怖くない?
「というかさ」
「なによ?」
じとりとした視線を向けてくる千秋を無視して僕は話を変えた。
「誕生日おめでとうくらい言ってほしいんだけど?」
「夜勤明けの私にそんな惨いことを言わせるつもりなの?」
「惨いのどっちだよ!」
結局、千秋は納豆を発券することなく席に着いた。僕は隣に座る。それぞれの頼んだ品が運ばれてくると互いに黙々と食べた。
「どうかしたの?」
「どうもしない」
食べ終えるまでに交わした会話はこれだけである。誕生日の朝食としては最悪だろう。しかしこの物語はここからが本番だった。
「家まで送ってくれるんでしょう?」
「乗りかかった船だ。もちろん構わないぜ」
「あらそう。助かるわ」
送った先で一声かけられる。
「上がって行かないの?」
「は?」
明らかに一人暮らしであろう千秋に部屋へ誘われる。滅茶苦茶わかりやすく僕は動揺した。
「本当にいいのか?」
「嫌ならいいのだけど?」
このとき初めて僕は天宮千秋の素の表情を見た気がした。どこにでもいるのにここにしかない顔である。ちょっとだけ間はあったが僕は好意を素直に受け入れた。下心じゃないぞ?
案内された部屋は六畳とキッチンだけなのだが、あれやこれや物が少ないためか妙に広く感じた。二人きりになると不意に千秋の顔を見てしまう。
「先にシャワーを浴びて来るわ」
「なっ!」
あいつの性格を正確に分析すると絶対に美味しい展開にはならないのだがちょっとだけ期待してしまうだろうが!
まあいい。こういう牽制は僕、見切っているからな。ただシャワー上がりの千秋はすごく色気があって少しだけ見入っていたかもしれない。なにせ無警戒でうろうろするから目のやり場に困る。
「バイト終わりにシャワーを浴びるのがそんなに不思議なことなの?」
「そうじゃないけど気になるだろ?」
「あらそう」
天宮千秋は無防備に僕の前へ現れた。
「知らなかったの? 私、眼鏡をかけても可愛いのよ?」
確かにパジャマ姿で眼鏡をかけた天宮千秋は最高に可愛らしかった。
「一緒に寝る?」
「はっ!」
「午後から出かけるとしても午前中は寝かせてほしいわ」
そう言って千秋はベッドに上がった。僕はその横に並ぶように寝転がる。
「初めての抱き枕」
びっくりするくらい積極的に僕に抱き着いてきて、そのままびっくりするくらいすやすやと寝入っていた。これはきっと千秋の考えた誕生日プレゼントなのだろう。
訳はわからないけど居心地がいい。
コンタクトを外して眼鏡をかけているが、これはこれでとても素晴らしい出来事だ。なにかあれば僕が助ければいいだけだからな。
「随分と嬉しそうな顔をするのね?」
「やっぱり起きてたのか? 千秋の行動がわからないほど付き合い短くないからな」
「だったら一つだけ頼んでもいいかしら?」
「なんだよ?」
「もうちょっとだけこのままでいい?」
「もちろん」
ちょこんと僕に寄り添って千秋は再び寝息を立てた。いつも感じの悪いことばかり言ってくる奴だけど寝顔だけは可愛い。起きたら天宮将棋とか訳のわからないことをさせられるんだろうけどな。
とりあえず今は夢の時間を楽しもう。
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