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【ショートショート】しあわせ貯金

「貯金を、始めたんだ」
 ある仲間内の集まりで男はおもむろにそう言った。
「貯金?」
 仲間の一人が男に尋ねる。
「この年になって貯金を集めるなんて、今更じゃない?」
 小馬鹿にしたような仲間の声。
「ただの貯金じゃないさ」
 むすっとした顔で男は答える。
「しあわせ貯金だ」
「しあわせ貯金?」
 懐からブタの形をした陶器の貯金箱を取り出し、男は卓上に置いた。
「しあわせを感じる時に、我慢をするんだ。我慢した分は自動でこの貯金箱に貯蓄される」
 手元のブタを撫でる男。
「こいつで人生の最後に、大笑いをしてやるんだ。お前らとな」
 仏頂面のまま、男は語った。
 それからというものの、仲間内でどんなに楽しい催しが開かれても、男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 仲間の誕生日パーティー。昔話に花が咲いた酒盛り。長期の海外旅行。
 記念にカメラを向けられた時でさえ、男は徹底して渋い顔をしていた。
 そんなある日、仲間全員を乗せた小型のヘリコプターが不時着した。
 男は奇跡的に助かった。慌てて煙とオイルまみれの顔を拭って、辺りを確かめた。
 そこにあるのは、仲間だったものだった。
 あっけない、ものだった。
 彼の手元に残ったのは、ブタの形をした貯金箱だった。
 仲間とのしあわせな感情を押し殺してきた代わりに、ブタは大きく膨らんでいた。
 そのまるまると肥えたブタが、憎らしく見えてしょうがなかった。
 衝動でブタを地面に叩きつけると、バリン、と音がしてそれは割れた。
 とたんに男は笑い出した。
 あはははは、あはははは。
 笑っているのに、男の目からは涙がとめどなく流れ出した。



原作:喰垣 卯亥
著:内池 陽奈


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