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終わりなき数字評価との闘いをナンプラー遺跡でやってみた

こんにちは、とろみあです。
本日は、標題について、スプラトゥーン3内イベント「ビッグラン( in ナンプラー遺跡)」を通じて、分析・考察したことをまとめました。
見方によって、希望にも、毒にもなりうる「数字」との私なりの付き合い方の結論になります。私と同様に、数字に振り回されがちな方の、ヒントになれば幸いです。

気になるのは他人の数字?それとも…?

きっかけは、私個人がSNSのいいね数を気にするようになったことでした。
正直、今までは「自由に推しを描いて、誰かに刺されば儲けもの」くらいに思っていたので、なぜ急にそんなものが気になりだしたのか不思議でした。

思い返せば、お絵描き講座のついでに、「バズるには~」とか「〇〇いいねももらえないなんて、描いてる価値がない!」的な言葉をよく耳にしていたので、「ほーん…そういうの気にしたほうがいいんか…?」って自然と考えるようになった気がします。

私の好きなジャンルでも、創作が上手な方はたくさんいて、3桁、4桁いいねがついている人はたくさんいました。
そこと自分を比較して、病んできた気がしたので、私は一時的に鍵アカウントにして、自分を評価(?)してもらう場から逃げました。

しかし、「本当に他人のいいね数と比べているなら、全員嫉妬の対象で、誰の作品も見たくないし、応援もしたくならないのでは…??」と自分の仮説に矛盾を感じました。(※フォローしてる人の数値が依然見えるが、特段気にならない)

そこで、何か別の自分の中の評価基準が活動の阻害をしているのでは?と考え、「他人と比較するものが一切無い」ビッグランにて、数字を気にして病む瞬間があるかどうかを検証することにしました。

ビッグランでの行動記録

【前提条件】
主な検証期間:9月2日~3日
個人サーモンラン成績:
アラマキ砦、すじこジャンクション跡 連戦無し野良カンスト

ビッグランではボーダーの中間発表等が一切無く、常に見えない数字と闘う必要のあるコンテンツなので、数字に弱い私とっては、まさに終わりの見えない戦いでした。

【実施結果】
①スタート直後の心境
 
→ 自己ベストである150納品を超えたい、特殊ブキを使いこなしたい

②150以上の数値目標を達成

でんせつ200付近だったはず

→「150は達成できたし、上位5%を狙うなら160はほしいかなあ…??」
時間もまだまだあったので、上振れを信じて挑戦しました。

③数時間やっても、160には届かず、限界を感じる
・味方は強いはず、自分がなんとなくついていけてない感じはする
・でもレベルを下げる判断ができない
→「上位記録はあきらめて、1戦1戦楽しむことを考えよう…」
せっかくの3か月に1回のイベントなので、エンジョイ勢に転向したつもりでした。

④160以上の数値目標を達成
「ヒャッハー!ホクサイだ!!!満潮だ!!!相棒ブキと一緒に最高のパフォーマンスをするぞ!!!」って、第2wave開始時に言ってました。
タツ戦が終わった後に記録更新表記が出た時は、「マ???」って言ってたくらい、試合自体に夢中になった1戦でした。

※満潮ホクサイ楽しみすぎて納品を味方任せにしてました!!!(※戦犯)

→(結果を見ながら)「…160は超えたけど、ナンプラーは納品しやすいっぽいし、170必要では?」と言い始め、さらなる記録を目指すことに。

⑤500まで評価を下げてスコアアタック

ラストチャレンジ分

→楽しさよりもスコア重視のため、道中スコア達成が厳しいと判断した時の立ち回りが、非常に雑だった気がします。
一番良かったのが上記スクショ時ですが、それでもハイスコアを超えられず「もう無理…」と判断し、撤退しました。

結果として、上位5%ボーダーが「156」だったため、163の時点でクリアだったようです。

終わり無い数字評価が発生する瞬間

今回のビッグランで、私は数値目標を2回引き上げています。
しかし、最大スコアを出した時は、数値目標を忘れ、目の前のことにだけ集中できた時でした。

ビッグランでは、誰かと比較することはありませんでした。
他人の数値がどうであれ、自分が見えない数値ボーダーを超えられるかどうかだけが問われる環境でした。

…それでも、数字を明確に気にするようになった途端に、
数字だけに囚われて、目の前の試合を楽しむことも、自分ができたことに目を向けることも、できなくなりました。

自分が勝手に掲げた数字が、そのまま自分への期待値となり、それが達成できないと、自分が自分に裏切られたような気持ちになる…。これこそが、私が「数字を見て気に病む」原因だと、痛感しました。
加えて、当初の数値目標を超えても、自分の経験から「まだやれる!」判断すると、新たな数値目標がすぐに設定されるので、自ら終わりのない状態になって、さらに病む、と。

まさにゴールのないマラソン大会、満足感も達成感も得ることができない…

他の場面でも思い当たる節がありすぎて、乾いた笑いが出ました。
検証は成功です。

自分を認める評価方法は数字から離れたものにしたほうが良い

数字は、客観的な指標として非常に優れています。
物事には必ず優劣がつくため、それと同時に評価数字の大小が発生することは、集団に属していれば、当然のことだと考えます。

しかし、自分自身への評価方法まで、数字に依存すると、他人の有無に関係なく、苦しむという、なんとも情けないことになることがあります。

現在、私はその自己評価方法を改められるように、以下のことを実践しています。

①数字じゃない目標をつくり、達成できたらそれを認める
ビッグランでは、数値が伸びなかった時に「イベント自体を楽しむ」「好きなブキでは悔いのない動きをする」というのを、目標に切り替えた瞬間がありました。
実際の行動を目標にすることで、自分のやることも明確になり、できたときは自分をほめてあげられるし、できなくても反省点が明確で、次は頑張ろう!と前向きになることができました。

②数値目標をむやみに上方修正しない
評価対象となる数字とは恐ろしいもので、もらえるならもらえるだけ欲しくなります。そのため、一度達成すると「次はもっと高い数字を!」と思いやすくなるのもわかります。
しかし、環境や自分のコンディションによっても、評価方法や得られる数字は変化します。
前にここまでの数字がとれたから、次もとれるとは限りません。
数字じゃない目標について、きちんと「できるようになった」と自信を持ってからでも、数値目標の上方修正は遅くないと思います。

終わりに

数字による評価は、うまく使えば自分を成長させる薬に、使い方を誤れば精神を病ませる可能性のある毒になるものだ、と改めて思いました。

これを書きながら、私の周りには、ありがたいことに「数字だけが評価基準じゃない」と暗に教えてくれていた人たちが、人生の中で数人いたなあ…と思いました。
気がつくのが遅くてごめんなさい、その人たちは数字に振り回されず、自分の判断基準があるすごい人達だったんだなあと思いました。
今更ですが、自分も少しずつ変われるように努力していきたいです。

長文お読みいただき、ありがとうございました。



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