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役所の書類を簡単に書けるようにするには

「役所に提出する書類って、なんでこんなに面倒くさいんだろう?」
誰だって一回くらいは、そう思った経験があるはずだ。

いくら面倒くさいからといっても、
出さないわけにはいかない。

「もっと誰でも簡単に書けるようにすればいいのに…」

昔からそう思ってきた人も、多くいるに違いない。
だが、それでも改善されてこなかったのには、
やはり大きな声では言えない理由があるようだった。

専門家の存在

年の瀬も迫る昨年の12月、
私は、社労士の先生と喫茶店でいっしょだった。
障害年金の申請のために必要な情報を整理するために、
社労士の先生のヒアリングを受けるためだった。

「黒田さん、現在のお仕事の状況について教えていただけませんか?
文章にしにくい場合には、単語だけでも結構です」

社労士の先生はそう言って、
持ってきたノートに私の話を手書きで書きとめていった。

文章を書くのであれば、言葉が出るまで待つことができる。
だが、話すのがそれほど得意でない私は、
自分の考えが言葉になるまでに時間がかかってしまう。
そのせいもあって、途中で何度か話がつっかえ気味になった。

かれこれ二時間近く話し合っただろうか。

仕事の方は、フリーランスということもあって不安定だ。
いつ仕事がゼロになっても、おかしくはない。

もともと私は、組織というのが苦手だった。
だから、人間関係に気を遣わなくてよく、
自分のペースで仕事ができるフリーランスという働き方を選んだ。
というか、自分には、それしか選択肢が無かった。

勤めていた時には、
自分の特性のことを話して理解を求めたこともあった。
ただそれでも、外見が健常者の人と変わらないせいもあってか、
理解してもらえることは無かった。

過去に二回も不適合を起こして仕事を辞めてしまった私にとっては、
周囲の理解が得られないなら、
自分で何とかするしかなかったのだ。

独立して働くようになると、
仕事は自分のやりやすいように調整できるので、その点がありがたい。
しかしながら、収入は勤めていた時に比べると激減する。
完璧主義の傾向が強いせいもあってなのか、
仕事のペースは他の人に比べると、圧倒的に遅い。
昔に比べれば、だいぶスピードはアップしたものの、
それでも生活のためには、どうしても安定した収入が必要だった。

そんな中で、自助会でアドバイスを受けたのが、
「障害年金を受けてみてはどうか?」
ということだった。

「ある程度は自力で仕事もできてるのに、
こんな状態でもらえるものなのか?」
正直、私は半信半疑だった。

社労士の先生に障害年金の申請の書類を見せてもらうと、
A3用紙ほどの大きさがあり、しかも両面に記載する。

面倒なのが、症状について過去にさかのぼって詳しく書く部分だった。
このあたりは言語化力のある人でないと、書くのが難しい。
私はライターとしても仕事をしているので、
その辺は特に問題が無い。
だが、専門の社労士の先生に書いてもらった方が確実だと思い、
先生に全部書いてもらうことにした。

それにしても、専門家の先生に頼らないと
上手く書けない書類ってどうなんだろう?
文章を書くのが苦手な人なんて、
世の中にたくさんいるのに。

本当だったら、誰でも書きやすいように
わかりやすい様式にすべきではないのか。

疑問に感じたので、
そのことをAIに聞いてみることにした。

AIが出してきた答え

「どうして役所の書類(特に補助金関係)は、書くのが面倒なのですか?」

パソコンのキーボードをカタカタとたたきながら、質問を入力していく。
私が使っているのは、GoogleのGeminiというAIだ。

こんな質問をしたところで、
AIは当たり障りのない回答をしてくるというのはわかっていた。
まさか、「書類を簡略化なんてしちゃったら、役所や専門家の人たちは
仕事がなくなっちゃうでしょ」みたいな尖った回答はしてこないだろう。

質問を入力して2、3秒ほどしてから、
「書類は本当に書くのが面倒ですよね」
という機械的に入れられたであろう共感の言葉と共に
AIは次のような答えを出してきた。

①公正であることの必要性
審査にあたっては不正に補助金が取得されることの無いように、
厳格に審査することで公正さを保てるようにします。

②多様性への対応
様々な状況に応じて適切な補助が行えるように、
細かく状況把握をすることで、多様な状況に対応できるようにします。

③縦割り行政の影響
記載する内容が同じであっても、
管轄する部署ごとに違うフォーマットが用意されていることがあるため、
同じ内容を何度も書かなければならないことがあります。

④属人化による影響
仕事の内容が属人化されており、
そのため書類の処理がスピーディに進まないことがあります。

AIが出した回答をざっくりまとめると、
この4つが、「役所の書類が面倒くさくなる理由」だった。
特に4つめに関しては、
障害年金の審査については、よく当てはまると感じた。

社労士の先生によると、
書類は一旦東京の方に送られて、
審査官の人が順番に審査していくということらしかった。

審査の判定がばらついてしまわないようにするために
どうやら一人の審査官が全部を担当しているらしい。
それが処理にかなり時間がかかってしまう原因のようだった。

審査だけで、三か月もかかる。

私が社労士の先生に申請してもらったのが障害年金2級で、
2級は「就労不能」が条件として挙げられている。

そのことについて社労士の先生は、
ヒアリングの中で重い口を開いて、こう言った。
「今の状況では、受給するのは厳しいかもしれません。
ですが、チャレンジしてみる価値はあると思います」

実際に申請してみた結果は、「不支給」だった。
やはり収入が少しでもある状態ではダメらしい。

それにしても、就労不能を条件とするならば、
審査に三か月もかけてしまうのは問題ではないのだろうか。
支給が決まったとしても、
障害年金が振り込まれるまでには一か月以上の時間がかかる。

障害年金を申請してきた時点で、
申請した人の多くは、経済的に余裕がほとんどないことも多いはずだ。
ゆっくり審査していたのでは、
救える人も救えなくなってしまいかねない。

それにも関わらず、
迅速に対応しようとしないのにも、
何か意図するところがあるのだろうか。

答えを教えてくれた一冊の本

私が感じていた疑問への答えは、
意外な本に書かれていた。

本のタイトルは、『ハッキング思考』。
著者は、著名なセキュリティ技術者であり、エコノミスト紙が
「セキュリティ界の導師」と呼んでいるブルース・シュナイアー氏だ。

「ハッキング」というと、ITのイメージが強い。
相手のパソコンやサーバーにウイルスを送りつけて感染させ、
不正にデータを抜き取っていく。
そんな違法なイメージがあるかもしれないが、
この本で主に扱われているのは、そんな違法的なものではない。

政治、金融、社会システムの裏をかき、
明確に違法とされていないようなやり方で、
目的を達成していく。
いわば、ゲームで言う裏技のようなものだ。

では、役所の手続きで使われている裏技とは、
具体的にどんなものなのか。

権力者側にしてみれば、
弱者の保護などやりたくない。
だが、憲法などの規定もあり、
人権を無視するわけにもいかない。
そこで、少しでも弱者の保護をしなくても済むように、
弱者救済の制度を簡単には利用できないようにしてしまうのである。

複雑な手続き、
内容を理解しづらい書類、
不正防止を名目とした長期間の審査・・・。

申請しようとしてくる人に対して過大な負担を強いることにより、
受給の要件を満たしていたとしても、
簡単には受給できないようにしてしまう。
一見すると申請に対して真摯に対応しているように見えて、
実は攻撃的に年金の支給を拒んでいるのである。

制度の利用者に対して大きな負担を強いるこの手法は、
「行政的負担」と命名されており、
政治上のハックの一つとされているそうだ。

「うすうす気づいてはいたけど、やっぱりな…」

『ハッキング思考』の中にある行政的負担の部分を読み終えた時に、
自分の中に何かモヤモヤした気持ちが浮かび上がってきた。

何か解決策は無いのか

さすがに立場の弱い人を切り捨てるようなことをしていたのでは、
誰一人見捨てない社会を実現するというSDGsの理念に反してしまう。

「ユニバーサルデザインの考え方も取り入れて、
誰でも簡単に手続きできるようなるといいのになぁ」

面倒な役所の書類と向かい合うたびに、
私はいつもそう思っていた。

こうした行政的負担の問題について、
先ほどの『ハッキング思考』の中では、
解決方法についてこう書かれている。

司法介入を除くと、納得できる解決策を見いだすのは難しい。こうした行政的負担を作り出しているのが、ほかならぬ政治上の権力者だからである。それでも、外部組織による独立の評価基準やシステム監査を利用して、行政的負担の規模と影響度を判定できれば、部分的な解消にはなるかもしれない。行政的負担によって生じる問題に直接対処できるわけではないが、影響を受けるグループ(特に法的に保護されていない階層)に対する影響を質の高いデータの収集・分析・可視化によって定量化すれば、議員を動かしたり、草の根的な圧力を作り出したりできるのではないか。

『ハッキング思考』、ブルース・シュナイアー著、P181

ここで問題になってくるのは、
質の高いデータの収集・分析・可視化によって
影響を定量化してくれるのは「誰か」ということだ。

質の高いデータを集めるとなると、
時間もお金もかかる。
データを分析しようとなると、
専門的な知識も必要になってくる。

「ハードル、高すぎでしょ!」

結局のところ、
いつまでたっても複雑な書類が簡素化されない理由は、
こういったところにもあるのかもしれない。

我慢して面倒な書類を自分で書くか、
それとも、どうしても書けないなら
専門家の先生に頼むか。
個人レベルで対応するんだったら、
もうこれしか対応策は無さそうだ。

いつか役所の書類にユニバーサルデザインの考え方が導入されて、
誰でも簡単に書類を書ける日が来るといいんだけどなぁ。

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