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サクッと学ぶ民法:不法行為

【不法行為の要件の概観】(民法709条)
 ①加害者の故意・過失、②他人の権利・利益の侵害、③因果関係の存在、④損害の発生
 
 ①…特に、過失の意義が問題
 ②…保護法益の拡大の方向性と法益の性質に応じた合理的な限定のバランス調整
 ③…因果関係の意味(事実的因果関係の証明、損害賠償の範囲(相当因果関係))
 ④…損害の意義(差額説の理解)

【過失】
 過失とは、結果発生の予見可能性があるにもかかわらず、結果を回避する行為義務に違反することをいう。
 結果を回避する行為義務として、どのようなものが要求されるかは、侵害される利益の重大性及び結果発生の蓋然性(確実性の程度)と、結果回避のための行為義務を課すことによって犠牲となる利益の比較衡量によって決まるという見解が有力である(ハンドの公式)。
 判例上、医師に課される結果回避義務の内容は、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」を基準として判断すべきであるとされており、医療水準は、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられる(最判平成7・6・9民集49・6・1499)。

【権利・利益侵害】
参考判例:国立マンション事件(最判平18・3・30民集60・3・948)
① 景観について、個人が主張できるような私的な権利・利益は認められるか。
「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値する。」
② 個人に法律上保護される景観利益が認められるとしても、どのような場合に、709条の不法行為の成立を認めるべきか。
「ある行為が景観利益に対する違法な侵害行為に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる。」
 このように判例は、他人の権利・利益の侵害の要件について、景観利益のような無形の利益侵害が問題となるような場合、侵害される法益の種類・性質と侵害行為の態様を相関的に考慮し、違法な侵害行為といえることまで求める傾向がある(相関関係説)。

【因果関係】
参考判例:最判50・10・24民集29・9・1417
 事実的因果関係については、どの程度の立証を要するか。
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」
【損害】
参考判例:最判昭56・12・22民集35・9・1350
 人身損害の被害者に後遺症は残ったものの収入の減少は生じなかった場合、財産上の損害は認められるか。
⑴ 「かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができたとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。
⑵ 特段の事情としては、「たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる」ような事情が求められる。 
 判決の⑴は、「損害」の意義について、不法行為がなかったならば被害者が置かれているであろう利益状態と不法行為があったことにより被害者が現に置かれている利益状態との差額をいうという見解(差額説)をベースにしつつ、特段の事情がある場合には、収入の減少がなくとも労働能力の喪失を理由とする財産上の損害を認める余地があることを示している。

【不法行為の効果】
損害賠償の範囲の確定-相当因果関係
 参考判例:富貴丸事件(大判大15・5・22民集5・386)
 この判決により、不法行為の損害賠償の範囲を不法行為と損害との間に相当因果関係がある場合に限定すること、その原則は416条に定められていること、416条は債務不履行に関する条文であるが不法行為の場合にも類推適用されることが示された。その上で、以下の問題点について検討がされている。
⑴  原告は、富貴丸が沈没したため、富貴丸と同等の船舶の価額の賠償を求めているが、富貴丸と同等の船舶の交換価値は、沈没後、第一次世界大戦中に大幅に上昇し、大戦の終結とともに下降している。このような場合、どの時点を基準に賠償を認めるべきか。
 この問題については、賠償範囲は原則としてその滅失当時の交換価値を基準とする。例外的にその後に騰貴した価額の賠償が認められるためには、416条2項を類推適用して、騰貴した価額に相当する利益を確実に取得できることを「特別の事情」(416条2項)として、その事情を被告が予見していたこと、あるいは予見すべきであったことを原告が立証しなければならないと判示した。
⑵  原告は、富貴丸を貸すことで収入を得ていたため、その収入も沈没していなければ得られたはずなのに、それを得ることができなくなったと主張している。
 この問題については、船を貸すことで得られる収入の賠償は、原則として船の滅失した当時の交換価値の賠償に含まれているため、認められない。例外的にそれが認められるためには、416条2項を類推適用して、将来船を貸すことにより利益を確実に取得できることを「特別の事情」として、その事情について被告が予見していたこと、あるいは予見すべきであったことを原告が主張立証しなければならないと判示した。
2.  損害額の算定
参考判例:最判昭62・1・19民集41・1・1
⑴ 年少女子が不法行為によって死亡した場合、逸失利益はどのように算定されるか。
 まだ働いていない中学生である女子の逸失利益を、女子労働者の平均賃金を基準に算定することは不合理ではない。
⑵ 女子労働者の平均賃金を基準とすると、男女間に格差が生じる。この格差を埋めるためにさらに家事労働分を加算すべきか。
 家事労働分をさらに加算することは、将来労働によって取得しうる利益を二重に評価計算することになるので、相当ではない。
3.  過失相殺
⑴ 過失相殺とは
 被害者について生じた損害について、加害者が不法行為責任を負う場合でも、その損害の発生・拡大に被害者の過失も寄与しているときには、公平の見地から、加害者の支払う損害賠償額が減額される(民法722条2項)。これを過失相殺という。
⑵ 過失相殺の前提となる能力
 責任能力(自分の行為によって法律上の責任が生じると理解できるだけの知能)は、不法行為の加害者の側について要求される能力であるが(民法712条)、これと対応させるかたちで、過失相殺が行われる場合に、被害者側にも一定の能力が要求されるかが問題となる。
 この点について、判例(最判昭39・6・24民集18・5・854)は、以下のように判示した。
「民法722条2項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、不法行為者が責任を負うべき損害賠償の額を定めるにつき、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかにしんしゃくするかの問題にすぎない」。したがって、「被疑者たる未成年者の過失をしんしゃくする場合においても、未成年者に事理を弁識するに足る知能が備わっていれば足り」、「行為の責任を弁識するに足る知能が備わっていることを要しない」。
 なお、事理弁識能力は平均して、5歳前後で備わると判断されている。
⑶ 被害者側の過失
 以上によれば、たとえば、3歳の幼児が道路に飛び出して車にはねられたという場合で、幼児が事理弁識能力をもっていなかったと判断されれば、過失相殺はできないこととなる。
 しかし、判例(最判昭42・6・27民集21・6・1507)は、損害の公平な分担という過失相殺の制度趣旨に照らし、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすと認められる関係にある者(被害者側)の過失を考慮して、過失相殺をすることができると解すべきであるとしている。
 

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