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トップコンビを愛す(珠城りょう&美園さくら)

今年の夏、私が愛してやまない二人のタカラジェンヌが、宝塚歌劇団を卒業した。月組トップスターを務めた珠城りょうさんと、その相手役・トップ娘役を務めた美園さくらさんである。

宝塚とは儚い世界で、とりわけ儚いものは、各組で主演を務める男役・娘役が演じる「トップコンビ」というフィクションである。卒業まで数々のラブストーリーの主役をつとめた男女のコンビが、あの夢の世界を卒業した途端に、過去の映像だけに残る夢となる。そもそも、男女の役を演じるものの正体は双方が女性であるし、同じ二人の組み合わせでも、ストーリーによって関係性は異なる。そのように不確かな存在だから、卒業した途端に、個人の印象の降り積もる中に埋もれていってしまう。

私はそんな儚いフィクションであるところのトップコンビを愛している。そして、私にとって最愛のトップコンビがこの夏、宝塚の世界を巣立っていった。その最後の日の記憶は、私の人生の宝物になった。

これからも宝塚を見続けていれば、いろんなトップコンビたちに出会うであろうし、知り合った人たちと、誰が好きだったという話題になることもあるだろう。私はそんなときに、この二人が大好きだったことを、消えない愛と確かな実感をもって伝えていきたいと思う。

バランス/アンバランス

珠城りょうさんと美園さくらさんが月組の新トップコンビに就任すると発表された当時、「二人はきょうだいのようだ」という人がいた。なるほど二人とも丸顔で、つり目ぎみの目元が愛らしく、そして手足の長い均整のとれたスタイルと、どこか似ている要素を備えていた。二人並んだ姿がしっくりくること、似合いの二人であること。それは主演コンビとして欠くことのできない条件だと思う。その点、珠城さんと美園さんは、まさにぴったりの相手役同士だった。

けれど、この二人が写真の中から抜け出して、動き出したときには、なぜか、全く異質な生き物同士という印象をおぼえた。二人は男と女という別の生き物である、という印象だった。二人揃って華奢で可愛らしいタイプのはずが、舞台の上では、いかにも男性らしい体格の男役と、いかにも女性らしい体つきの娘役のカップルに変貌するのである。それが、二人合わさったときの強烈な魅力だった。

異質な個であるという印象は、外見だけに留まらない。素顔のご本人たちは、どちらもさっぱりとした性格でハキハキ話す女性同士。二人だけのトークの場では、穏やかに会話する姿が微笑ましい一方で、いつも消えない一定の緊張感のようなものがあった。体育会系の珠城さんと文化系の美園さん、という素顔のご本人たちのタイプの違いからか、五学年差という気安くはない先輩後輩関係からか、他にも何かあるのか、互いに「違うタイプだ」と自覚して、その違いを探りつつも面白がっているような雰囲気があった。

舞台上では、その素顔の関係性が何倍にも増幅される。珠城さんと美園さんが相手役として、舞台の上で演じた関係は様々あったけれど、違う人間同士が、出会い、その違いに強烈に惹かれ合う。リアルでスリリングな恋模様に、劇場中の空気が引き付けられていた。

例えば、人生経験豊かな映画スターと、社会に出たばかりの初々しいレディ。故郷と家族を愛する青年と、それらを捨てて自分を見失った女。野心を燃やす若者と、母性に満ちた淑女。そして、賑やかな郎党を率いる武士の棟梁と、心を過去に閉じ込めて生きる孤独なお姫様。退団公演となる最後の作品まで、予想のつかない二人だった。公演初日から千秋楽まで、二人の間にある空気は変化し続けた。日々生まれる新しい関係性に強く惹かれていた。何度見ても、もっとこの二人のことを知りたくなった。

違う言語をもつ二人の、どうしようもない愛

珠城さんも美園さんも緻密に役と芝居を組み立てていくタイプだと思うが、その表現方法は全く違っていた。そしてその組み合わせが、大きな感情のうねりを生んでいた。

珠城さんは隙のない芝居をする。必要のない情報は削ぎ落とされており、一つの小さな動作に目を向けただけで、知らず知らずのうちに役の心情に取り込まれ、ストーリーにのめりこんでいく。最たるものが目の芝居だと思う。珠城さんの目は雄弁に感情を語る。言葉は拒んでも、目は欲する。心と言葉は必ずしも同じではないことを、珠城さんの目は訴えかけてくる。

かたや、美園さんは緻密な芝居を鮮やかな感情に変換し、全身からほとばしらせる。一人の人間の体から出ているとは思えない、むせ返るような濃さの情念だった。思いは隠すことができない。その鮮烈な感情が、周囲の人々を巻き込んで、ストーリーを突き動かしていく。全身からと書いたが、とりわけ、伸ばした手の指先からしたたり落ちるような愛情は、美園さんの芝居の中でも印象的だった。

退団公演「桜嵐記」でこの二人の表現は特に活きていたと思う。ヒロインの切なる声と、愛しい人に向かって伸ばす手から、彼女の恋情がほとばしり、あくまで気持ちを抑えようとする主人公の、言葉と瞳をそれぞれに揺らす。

珠城さんは言葉と裏腹の思いを目で語り、美園さんは指先から言葉が溢れ出すような愛を語る。違う言語の二人が紡ぎ出す、制御できない思い、どうしようもない愛の物語は、私を惹き付けてやまなかった。

言葉はいらない

珠城さんと美園さんのコンビの名物といえば、デュエットダンスだった。安定感のあるリフトには定評があった。高くリフトされた美園さんの優雅さと、そつなく美園さんを持ち上げ最後には優しく下ろす珠城さんの逞しさには、何度も見ても、胸をときめかせずにはいられなかった。

ところで、二人のデュエットダンスにはリフトの振付がないものもあった。「ピガール狂騒曲」のフィナーレ、シャンソンの名曲Mes Mainsにのせたデュエットである。このデュエットダンスには、二人の魅力の限りが詰まっていた。

珠城さん演じる一人の男が、今はいないかつての恋人を想って歌う。やがてその歌の中から、美園さん演じる女性の幸せそうな姿が浮かび上がり、二人はひととき、幻想の中で見つめ合う。

二人は見つめ合い、互いに向かって手を伸ばす。実際に触れ合う時間はごくわずかだ。しかし、見つめ合う二人の間、届かずとも差し伸べ合う指先と指先の間に、狂おしいほどの恋が息づいている。先に触れた、目の芝居と指先の芝居を最大限に発揮して、言葉はなくとも鮮やかな恋物語を描き出していた。

珠城さんと美園さんの芝居に、言葉はいらない。見えないはずの心が言葉よりも雄弁だ。逆に、その土台あればこそどんな台詞でも表現できるというのも、この二人の芝居の強みだった。私のお気に入りのシーンの一つに、「I AM FROM AUSTRIA」の主人公とヒロインが結ばれるシーンの台詞の掛け合いがある。

「この美しい故郷で」
「あなたに」
「君に出会えた奇跡」

こんなふうに文字にするとちょっと芝居がかった愛の言葉であっても、見つめ合う二人の視線の間には、恋に落ちる奇跡が確かに存在していた。言葉があっても、なくても、珠城さんと美園さんの間には恋が生まれる。最高にロマンティックな二人の物語を、いつも楽しみにしていた。

しお味

珠城・美園コンビファンである私は、二人が繰り広げるトークの絶妙な距離感にもドキドキしていた。美園さんは目に見えて珠城さんを尊敬し、慕っている。珠城さんはそんな美園さんの勢いとキラキラした眼差しに怯むような、照れているような素振りを見せつつも、目を見つめて真摯に応える様子が、なんだか少年のようで可愛らしかった。

ただ先述のように、さっぱりした関係であるために、どこかドライな印象を与える二人だったのも確かだ。これを面白がって、「たまさくは『塩』だよね」などと茶化すのが同コンビファンのお決まりの話題だった。これがいつしか他組ファンに聞こえた噂となり、「月組トップコンビは『塩』らしい」という先入観が広まったのも、無理のないことだったと思う。さらに言えば、直近の数年で卒業していった他組のトップコンビたちは、互いへの賞賛や感謝をストレートかつ頻繁に伝え合う姿を見せていた。それに比べると、珠城・美園コンビはどこか畏まったトークが多く、互いへの気持ちを公の場で語ることが少なかった。

私はこの点について、珠城さんと美園さんの間に共通する一つのポリシーを感じていた。それは、あくまでもファンに向けて最大限の思いを返すということである。公演千秋楽の挨拶にいつもそれは表れていたし、雑誌でもCS番組でも揃って「応援してくれるファンのために」と言い切る言葉が印象に残っている。珠城さんも美園さんも、とてもファン志向の強いスターだった。

それが互いの話をする機会が少なかった理由の一つだと思う。ただ美園さんの珠城さんへの尊敬の眼差しは、これまた言葉より雄弁だったので、対する珠城さんが素っ気なく見えてしまったのかな、と思わないでもない。とは言え、そのように多くを語らない二人が、一たび舞台に上がればこの上なく情熱的な恋に落ちる男女を演じているという神秘も、私を虜にしていた。

二人は同じ方向を向いていた。ファンのために、最高の作品を演じること。多くを語らなくても、その信頼関係は、二人の息の合った芝居に表れていた。二人の「塩味」は、物語中の二人の関係を引き立たせ、観客の想像をより一層掻き立てるスパイスだった。

語らなければ伝わらないもの

トップコンビ退団前の一連のインタビューで、特に美園さんの下級生時代については、両者から赤裸々に言及されていた。これが結構な物議を醸していたように思う。だが、前の節と相反するような言葉になるが、語られて初めてわかることもたくさんある。

あまりやる気のある生徒ではなかったという美園さんが、奮起するきっかけをくれた方々の名前をあげて事細かに過去の自分について話したのは、そこまで語らなければ、深い感謝の念を伝えることはできないと考えてのことと思う。それに応えるように、「さくらは大変でした」と笑い混じりに振り返った珠城さんは、過去のことだから笑って話したのだろう。退団の直前まで、成長途上のことなど一切語らなかったのだ。不器用で苦労したという相手役がどんなゴールにたどり着いたかは、皆さんご覧の通りというわけなのだろう。

もう一つ、退団公演大千秋楽のカーテンコールで、二人だけで登場したときに、美園さんが感極まったように珠城さんに感謝の思いを伝えたのも忘れられない。「私を導いてくださってありがとうございました」。公の場で珠城さんへ直接思いを伝えたのは、このときぐらいだったのではないか。あえてこの場で伝えたのは、珠城さんに対してのみならず、二人を見ている全ての人に伝えたかったのではと思う。誰がなんと言おうと、美園さんが珠城さんに感謝していること。美園さんはタカラジェンヌとして最後の瞬間に、その充実感を、二人のファンに対して余すところなく伝えてくれた。

語ることで残したいもの

それと同列に語るのもおこがましいが、一人のファンである私の思いなど、こうして語っておかなければ残らないものだと思って、寂しさと闘いながらここまで書いてきた。書くことは、この二人が過去のコンビになったことを受け入れることでもあったから、随分と時間がかかってしまった。

ここまで書いてきて伝えたかったことは、珠城さんと美園さんのトップコンビを愛し抜いたファンとしての私の実感である。二人のコンビネーションは過去のものとなった。けれど、二人の姿を思い出すと、私の中に確かな温かさと、恋のときめきが蘇ってくる。二人がファンに向けて届けてくれた思いを、作品を、この先も忘れることはないだろう。

これから過去の映像を通して珠城・美園コンビに出会う方々に伝えたい。面白いコンビだった? それとも? いろんな声を聞くと思う。けれど、どんな声をきいても、見ても、あなた自身の感性で、二人の物語を味わってほしい。作品を見て、二人を好きになって貰えたら嬉しい。そして、二人を熱烈に愛したファンがいるということを、この文章を通して知って貰えたら嬉しい。

同時に、私と同時期に二人を愛したファンの方々へも、この文章が届いてほしいと思う。二人への愛を語っている間、私は一人ではありませんでした。二人の作品がこれからも愛され続けることを願う一人のファンとして、思いの丈をここに書き残しておきたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


【珠城りょう&美園さくら 作品リスト】

・雨に唄えば

・ON THE TOWN

・夢現無双/クルンテープ 天使の都

・ON THE  TOWN(再演)

・I AM FROM AUSTRIA -故郷は甘き調べ-

・赤と黒

・WELCOME TO TAKARAZUKA -雪と月と花と-/ピガール狂騒曲

・桜嵐記/Dream Chaser

・珠城りょうサヨナラショー


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