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「Ontenna」による新たな聞こえと聴覚的無意識の表出

はじめを始める前に

この文章は、2022年度前期に受講した表象文化論という授業での期末レポートを、noteの形式に合わせて加筆、修正したものです。このテーマを選んだ背景としては、私の所属する東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアート学科・学域の卒業生である本多達也さん(富士通)がデザインした「Ontenna」というプロダクトに感銘を受けたとともに、表象文化論の授業で扱った聴覚メディアとの関連性を感じたからです。本稿をきっかけに、少しでもOntennaや所属学科についての興味が読者の皆様に生まれれば幸いです。

はじめに

 一般に、聴覚メディアとはさまざまな音響を再生・複製し、我々の聴覚へと届けるメディアである(福田 2021)が、ろう者にとっての聴覚メディアとはどのようなものがあるのだろうか。また、ろう者にとっての聴覚メディアが、健聴者にとってどのような聴覚メディアになりうるのだろうか。
 本稿では、メディア概念、および聴覚メディアに関する幾つかの事例に触れ、音情報を光という視覚と振動という触覚で感じられるようなユーザインターフェースである「Ontenna」による、新たな聞こえと聴覚的無意識の表出について論じる。

メディア概念と聴覚メディア 

メディアという語は、mediumから派生した単語である。20世紀中盤には、メディアは技術であり、メッセージとは明確に区別されるものという「メッセージの伝達を媒介する手段」として理解が定着したが、マーシャル・マクルーハンの登場によって、メディアのメッセージはそれが伝える内容ではなくそれが持つ特徴や形式の方にある、すなわち「メディア(そのもの)がメッセージである」という考えが現れた。マクルーハンは聴覚メディアの分野でも印象的なメッセージを残しており、現在の聴覚メディアの在り方が語られる上で関連がある。それが、「端的にわれわれの耳にはまぶたが備わってないのである」という言葉である。この言葉は、周囲の音を遮断することができず、常に音に侵入され、脅かされる耳という器官を象徴している。しかし現在、この論の妥当性はイヤホンやヘッドホンの登場によって揺らぎつつある。特にノイズキャンセリング機能はその最たるもので、現代の人々はテクノロジーによって取り外し可能な後付けのまぶたを耳に作り出し、日常的に聴く/聴かないを取捨選択可能な聴覚環境に身を置いている(福田 2021)。

ろう者にとっての聴覚世界

 しかし、耳のまぶたの有無というものは一般的に健聴者にとっての話であって、ろう者(聴覚障がい者)における聴覚世界はある意味耳のまぶたが閉じている状態だと言えるのではないか。ろう者にとって、音の大きさやリズム、パターンを知覚することは困難であり、音が絶え間なく殺到していても認識することに対して不自由である。
 そういった問題からろう者を支援するために研究、開発されたのが今回取り上げる「Ontenna」という触覚拡張型の音感覚知覚装置である。「Ontenna」は、「視覚障がい者や聴覚障がい者といった人々の失った感覚機能を元通りに復元する技術は無いが,残された感覚器官の働きを拡張して新しい感覚手段を獲得することは可能かもしれない」(Okamoto et al.2011)という考えのもとに設計された、本多らによる、音情報を光という視覚と振動という触覚で感じられるようなユーザインターフェースである。髪の毛や襟袖などに身につけることが可能(図1参照)で、60-90dbの音を256段階の振動と光の強さで伝達することで音のリズムやパターン、強弱といった音の特徴を感じられるようになるため、ろう者にとっては音感覚代行の役割を、健常者にとっては触覚を拡張した音感覚の知覚の役割を果たす(本多 他2020)。

図1 Ontenna公式サイトにおける広告画像。画像右側の人物の襟元、中心の人物の頭部に装着されているのが本体。(富士通)

「Ontenna」と身体

 ドイツの思想家であるヴァルター・ベンヤミンは『複製技術の芸術作品』の中で、映画について、角度の上げ下げや、中断と分離、拡大と縮小等のさまざまな写真機の補助手段により、視覚における無意識がカメラを通して初めて私たちに知られるということを説いた(ベンヤミン 1997)。ベンヤミンが指摘した写真や映画等の視覚的な録画機械による「視覚的無意識」は聴覚的な録音機械にも同様に生じると言えよう。鼓膜の捉えた音を人間が志向的に取捨選択するのに対し、録音機械は人間の聴覚では意識されない「聴覚的無意識」を発見させる。録音機械によって可能になった音量の増幅、再生速度の増減はそれぞれ主体が本来向けている聴覚上の意識の集中を空間的、時間的に緩める。これらによって、聴覚的な無意識領域が表出されるのである(秋丸 2013)。
 ろう者にとって、音感覚代行装置である「Ontenna」は、まさにテクノロジーによって聴覚的無意識を新たに意識の領域に取り込むことができる、自由拡大の装置だと言えるのではないか。Ontennaはさまざまな場面で活用されており、ろう学校では発話練習や音楽の授業、体育でのダンス等が例として挙げられる。共通しているのは音のフィードバックが意識されるようになるという点で、自分が出した音、周囲のものや人が出した音のフィードバックが振動と光で得られるため、自らの声や楽器の音量や長さの調節やリズムをとることが可能になる(動画1参照)。

動画1 Ontenna公式YouTube動画「ストーリー「ろう学校」篇」より(富士通)

 また、「Ontenna」はエンターテインメント分野でも活用されており(動画2参照)、「Ontenna」を用いたサッカー観戦を体験したろう者の感想からは、観客の盛り上がりや応援のリズムが認識できるだけではなく、ペナルティーキックの際の会場全体の静まり返る緊張感も伝わったという言葉が得られていた。耳のまぶたが閉じているろう者にとって、「静かである」ということの知覚が可能になったことは新たな聞こえの発現だと考えられる。

動画2 Ontenna公式YouTube動画「ストーリー「スポーツ」篇」より(富士通)

 エンターテインメント分野ではろう者だけでなく健聴者も「Ontenna」を使った体験をしており、タップダンスイベントや映画鑑賞、卓球観戦に適用されている。健聴者からの感想としては振動による臨場感、光による一体感の増大に加え、卓球イベントでは普段は音が小さいリズムをより強調して感じられたというものがあった(本多 他2020)。
 また、近年では本多達也氏がメンバーとして参加し、AIや人工知能を使って社会課題を解決しようという目的を持つ「xDiversity」というプロジェクトの中で、Ontennaを使用したワークショップがいくつか開催されている(動画3,4参照)。

“できないこと”の壁を取り払い、“できること”をより拡張できたら、本当に個性が活かせる社会になるのではないか。
人や環境の「ちがい」をAIとクロスさせ、多くの人々によりそった問題解決の仕組み作りを目指すプロジェクト、それが xDiversity [クロス・ダイバーシティ] です。
xDiversity公式HPより引用(https://xdiversity.org/)

動画3 xDiversity公式YouTube動画「からだで感じるニュートリノWORKSHOP」

動画4 xDiversity公式YouTube動画「音を感じる未来の展示WORKSHOP」

 動画3では、宇宙から飛んできて私たちの体を通り抜けているが、誰も見ることも感じることもできない物質であるニュートリノを、Ontennaと世界最大の地下ニュートリノ観測施設であるスーパーカミオカンデのコラボレーションによってからだで知覚しようとするワークショップが紹介されている。仕組みとしては、宇宙から降り注ぐ宇宙線をスーパーカミオカンデが受け取り、計測したデータの中でニュートリノらしきデータを音に変換してOntennaに送ることでリアルタイムに光り、振動して私たちが知覚するというものだ(xDiversity 2022)。このワークショップは、聴覚のあるなしに関わらず、誰も感じることの出来ない物質をOntennaを通して体感するという、Ontennaの身体拡張機能に焦点を当てている事例だと言える。
 加えて、動画4ではOntennaを使用して日本科学未来館の展示を体験するワークショップが紹介されている。動画内では、「Ontennaを使用することで健聴者にとっても展示をより理解することができる体験をめざしている」というコミュニケーターの声や、「聞き取れていなかった音にOntennaの振動で気がつく」といった参加者の声が聞かれた(xDiversity 2021)。
 つまり、振動と光という機能によって、音感覚というベクトルでの聴覚機能の拡張が健常者にもあり、普段は知覚しづらい聴覚的無意識の表出が「Ontenna」によって起こっている。これらのワークショップは、健聴者の新たな聴覚的無意識の拡張にも寄与している活動だと言えよう。

まとめ

 本稿では、メディア概念、および聴覚メディアに関する幾つかの事例に触れ、ヴァルター・ベンヤミンの「視覚的無意識」から「聴覚的無意識」に発展させた議論を関連させつつ、「Ontenna」による新たな聞こえと聴覚的無意識の表出について論じた。聴覚メディアにおいて、音感覚というベクトルでろう者と健聴者の両方が「Ontenna」を通じて新しい聞こえと聴覚的無意識の意識化を得て、さまざまな分野で今まで聞いていなかった音を知覚する自由を獲得していると言うことが出来る。
 今後は、「Ontenna」以外のテクノロジーで聴覚的無意識の表出を促すものについて、音感覚に着目した聴覚メディアの変遷について等を探究していきたいと考えている。


もっと詳しく知りたい方へ

Ontennaに関する本多達也さんのインタビュー記事はこちら👇🏻

東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアート学科HPについて👇🏻

当学科/学域は、理工系学部・研究科の中にあるデザインコースとして、またプロダクト系とメディア系の幅広いデザイン分野が共存する学科として、世界的にも非常にユニークな存在です。デザインとはただ形をつくるにとどまらず、コンセプト提案、しくみ構築機能の調整統合など、新しいモノやコトを生み出す作業における上流段階での重要な役割を担うものであるとの位置付けから、デザイナーには専門職的なアプローチのみならず、ものづくりの指揮官の役割が社会から期待されています。システムデザイン学部ウェブサイトにも本学科の説明が記載されておりますのでそちらも合わせてご参照ください。
https://industrial-art.sd.tmu.ac.jp/about.html より引用


参考文献

・秋丸知貴(2013),「ヴァルター・ベンヤミンの「感覚的知覚の正常な範囲の外側」の問題について」,『哲学の探究』,第40号
・ヴァルター・ベンヤミン(佐々木基一ほか訳)(1997),『複製技術時代の芸術』,晶文社
・福田貴成(2021),「聴覚メディア」,門林岳史・増田展大編『[クリティカル・ワード]メディア論 理論と歴史から<いま>が学べる』,フィルムアート社,pp.173-81
・富士通,音とからだで感じるユーザインターフェースOntenna, https://ontenna.jp/ ,(参照日2023/03/30)
・本多達也,馬場哲晃,岡本誠(2020),「Ontenna:触覚・視覚を利用した聴覚情報伝達装置のデザインと社会実装」,『日本バーチャルリアリティ学会論文誌』,Vol25,No.4,pp.334-345
・Makoto Okamoto, Takanori Komatsu, Kiyohide Ito, Junichi Akita, and Tetsuo Ono,” Future body: Design of perception using the human body.” In Proceedings of the 2nd Augmented Human International Conference, AH ’11, New York, NY, USA, 2011. Association for Computing Machinery.
・xDiversity, Ontenna Workshop, https://xdiversity.org/projects/ontenna-workshop, (参照日2023/03/30)
・xDiversity,「からだで感じるニュートリノWORKSHOP」,https://www.youtube.com/watch?v=T76qEc-gaTU ,(参照日2023/03/30)
・xDiversity,「音を感じる未来の展示WORKSHOP」,https://www.youtube.com/watch?v=ItEb656zbpE ,(参照日2023/03/30)


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